新堂さんと恋の糸
 「あら、何か心ここにあらずね?」
 「えっ!?いえそんなことないです、すみません」

 そんなにぼーっと考え込んでいたのだろうか。
 一瞬ひやりとしながらも背筋を伸ばすと、編集長はオフィスチェアごとくるりと体をこちらに向けて、両手で頬杖をついてにっこりと笑う。

 「櫻井さんって、最近いい人でもできた?」

 思いがけない話題を振られて、私は固まってしまった。
 私をじっと見つめる含んだ笑顔からは、鬼の編集長の顔はすっかり消えている。

 「なっ…!?ど、どうしてですか…っ?」
 「うーん、最近ちょっと雰囲気が変わったっていうか、綺麗になった気がするから?もしかして好きな人でもできたのかなーって思ってたの」

 (……っ!?)

 あの日以来、気がつくと心の大半を占めていることを言い当てられたような気がして心臓が大きく跳ねる。

 「な、ないです全然…!!」

 悟られないようにと大袈裟なくらいに全力で否定すると、私の答えが肩透かしだったのか、そうなの?と編集長は残念そうに首を傾げた。

 あの日――新堂さんに手を掴まれて距離が近づいた日から、私はおかしい。
 いつもと様子が違った新堂さんの様子や表情、掴まれた手の強さを思い出すたびにドキドキして顔が熱くなる。
 取材対象と、編集者――好きになってはいけない人。
 分かっているのに、あの日からずっと気がつけば頭の半分以上が新堂さんで埋まってしまっている。

 考えたくないのに考えるほどに心臓がうるさくなる。

 (あのまま電話が鳴らなかったらどうなっていたんだろう……)

 私だけが、特別なことみたいに動揺している。
 でも当の新堂さんは翌日からまったく普通で、あの出来事はまるでなかったみたいに普段通りで、それが何だか悔しいような、妙な気持ちになっていた。

 向こうはただの“いつもの仕事相手”なのに。この片想い未満のざわざわは、気づかれたら終わりだ。

 「なんか真っ赤になっちゃって怪しいなぁ、今度飲み会でじっくりって…ちょっと櫻井さん大丈夫?目の焦点がぼんやりしてない?」
 「……え?」


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