新堂さんと恋の糸
 私は短い廊下を猛ダッシュする。後ろから「危ないから走るなよ」と小学校の先生みたいな声が飛んでくるけれど全力で無視。ひと足先に部屋に飛び込み、ざっと見回して床に脱ぎっぱなしだったスーツとシャツをクローゼットの中に押し込んだ。

 「おい、病人なんだから走るなってって、何してんだ?」
 「あはは……なんでもないです」

 間一髪でクローゼットを閉めたところで、私は扉に背中をつけて半笑いになる。

 「病院は行ったんだよな、なんだって?」
 「たぶん、風邪だろうと」
 「薬は?水分は摂れてんの?」

 空になったミネラルウォーターに目をやった新堂さんの目が、一瞬で険しくなった。

 「まさかこれしか飲んでないとか言わないよな?」
 「……そのまさかです」
 「あのな、熱のときは塩分と糖分の補給って俺でも知ってるぞ」

 そのとき初めて、新堂さんの手にコンビニの袋が握られていることに気がついた。袋からイオン系飲料のペットボトルを出すと、ほらと手渡してくれる。

 「ありがとうございます、買ってきてくださったんですか?」
 「いいから早く飲んどけ」

 私はありがたく受け取って口をつける。熱い喉と体に染み渡っていくようで心地いい。
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