新堂さんと恋の糸
 「麦茶も買ってきた。冷蔵庫どこ?」
 「あ、私入れますから!」

 キッチンへ向かおうとする新堂さんを引き止めて、空っぽの冷蔵庫を見られないよう麦茶のペットボトルを素早くしまう。後ろのシンクには朝使ったコップやらお皿が置かれたままだ。それも見られないように私は新堂さんの前に立った。

 「冷凍のうどんとレトルトのおかゆを買ってきたけど、どっち食べる?」
 「…じゃあおかゆを……って私がやります!」
 「だから病人は寝てろって、まだ熱も下がってないんだから」

 そのまま押しやられて、朝から散らかったままのシンクを見られてしまった。

 「……すみません、汚くて」
 「もしかしてやたら挙動不審だったの、これが理由?」
 「……はい」
 「なんだ。部屋に誰かいるのか、このあと誰か来るのかと思った」

 (だ、誰か……って誰?)

 盛大な溜息とともに思っても見なかったことを言われて、私は首を傾げた。

 「そ、それって心霊的な何かってことですか?私一人暮らしなんですからやめてくださいよ」

 怖いこと言わないでください、と言ったらおでこを指で弾かれて情けない声が出た。

 「その様子なら、朝から調子悪かったんだろ。部屋が散らかってんのも、シンクが片付いてないのも、冷蔵庫が空なのも――全部、ここ最近の働き方見てりゃ分かる」
 「……あの、呆れないんですか?」
 私がそうこぼすと、新堂さんは心底不思議そうな顔をした。
 「なんでそうなる。締め切り前でバタバタしてたら十分理由になるだろ。デザインに集中してるときなんて、俺も似たようなもんだからな」

 思わず、目を瞬いてしまった。

 「……ちゃんとできてないと駄目なんだって、ずっと思ってて」

 (元カレには忙しいを言い訳にしてるみたいだって、あっさり突き放されたから)

 だからどんなときでもちゃんとしてないとダメだと思っていた。片付いていない部屋も、空っぽの冷蔵庫も、私の“ダメさ”の証拠みたいで、余計に見られたくなかった。

 「櫻井って、他人にはあれこれするくせに、自分のことになると全然頼らないんだな」

 おかゆのパッケージを破りながら、新堂さんは小さく笑う。
 「頼るって……」
 「全部一人で抱え込むなってこと。全部完璧になんて無理なんだから、せめてこいうときくらい頼れ」

 ここ最近の私を全部見ていたかのように言い当てられてしまって、ぐうの音も出ない。
 新堂さんは、私より私のことが分かっている。でも一つだけ。少しでもよく見られたいという女心もあることには、気づいてないみたいだ。

 (…あれ、私なんで新堂さんによく見られたいと思ったんだっけ……?)
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