新堂さんと恋の糸
 「……いいですよ?」

 少しの間考えて、それでもいいような気がした。新堂さんが帰る時間のことなど何も考えずに、私はすっかり寝入ってしまった。新堂さんだって帰るに帰れなかったんだろうし、この状況は半分自分のせいでもあるような気がしたから。

 私の答えに今度は新堂さんが固まって――それから渋い顔をした。
 私はまた間違ったことをしてしまったんだろうか。

 額を手で覆った新堂さんから何か空気の漏れるような、呟きのような何かが微かに聞こえてきて少し身を乗り出すと、茶色の瞳がまっすぐこっちを見ている。

 「櫻井って…誰にでもそうなの?」

 ――だ、誰にでもって?

 「もしかして、有働くんのことですか?あの、彼は本当にそういうのじゃないですから。今日はたまたま送ってくれただけで、何よりちゃんと彼女もいますし」
 「そうじゃなくて。誰彼構わず愛想振り撒いてんのかって聞いてるんだけど」
 「誰彼構わずって、」

 そんな、人を節操無しみたいな。
 むっとして言い返そうとしたとき、するっと頰に手が伸びてきた。

 「せっかく人が必死に理性働かせてるっていうのに、ことごとく無駄にするし」
 「…え?」
 「毎回そう。人嫌いの玲央にはすぐに気に入られるし、クライアントにもニコニコして手触られて、挙げ句に下心にも気づかないで真面目に電子書籍がどうとか提案してるし」

 (その言い方ってまるで……)

 触られている手がひんやりしているせいで、自分の頰がどんどん熱を持っていくのが分かる。

 「あの、手離してください…」
 「なんで?」
 「下がった熱がまた上がりそうです…」
 「そうやって何でも口に出す癖は直らないし」

 なんでって聞いたのは新堂さんなのに。何だか理不尽だと思っていると、頰を滑っていた手が肩に回ってそのまま引き寄せられる。
 今度は、この前のようにすんでのところで止まることなく、新堂さんの白いシャツに抱きとめられてしまった。

 「気が気じゃないんだよ、もうずっと」

 耳元から吹き込まれた吐息は、私と同じくらい熱かった。
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