新堂さんと恋の糸

9. 回想〜新堂side

いつからか、と問われると正確には分からない。
でもたぶん初めて意識したのは、あのとき―――

それは今から3ヵ月と少し前。

「新堂さん、さっきから読んでるの?」
「あ…?」

聞こえてきた声に顔を上げると、頭からフードを被った玲央が仕事部屋兼自室から出てきたところだった。グレーのパーカーの紐をくるくると指に巻き付けながら、一つ大きな欠伸をする。この出で立ちは大抵徹夜明けのときだ。

「ちゃんと睡眠はとれって言ってるだろ」
「ごめんって、いろいろ試してたら楽しくなっちゃってさ。でもいいサンプルできたよほら」

そう言って、ぽんっと投げてよこしたそれをキャッチする。玲央に頼んでいたフラワーベースのサンプルだ。

「へえ、木の質感がよく出てるな」
「でしょ?実際は天然木を使うんだろうけど、これでイメージは湧きやすいんじゃないかなって。で、何それ手紙?誰から?」

普段俺が手紙を読んでいることなんてないからか、珍しく玲央が興味を示してくる。

「取材の依頼。前からメールでも来ていて断ってるんだけどな」

差出人は、文董社が出版する雑誌『D.design』の編集者だという櫻井泉。これまで何度かメールで取材の申し込みがあったが、毎回多忙を理由に断っていた。

以前もう少し時間に余裕がある頃は、しつこい編集や記者に『取材を受ける条件』として雑用係として事務所に来てもらっていたが、その雑用内容とスケジュールや時間の細かな指定に、みな早々に音を上げて去っていった。
それ以来『新堂梓真の取材嫌い』は業界内で浸透していて、ダメ元で依頼をしてくるものの一度断ればそれっきりになることが多い。

けれど、この櫻井泉という編集者は違った。

「どういう記事を書きたいのか」や「取材の時間が長引かないようにするための提案」など、毎回長いメールをよこしてくる。

そして今回はとうとう手紙が送られてきたのだ。
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