再恋
部活体験が終わるころには、空が少しだけ茜色に近づいていた。
校舎の窓に反射する光を見ながら、私は昇降口へ向かう。
靴を履き替えていると、近くで愛依と莉子の声が聞こえた。
「愛里いたー!どこ回ってたの?」
「美術部とか、いろいろ……」
嘘は言っていない。
でも、全部を言ったわけでもなかった。
津島くんの名前が、喉の奥に引っかかる。
まだ、自分の中で整理できていなかった。
昇降口を出ると、人の流れの中に彼の姿を見つけた。
少し離れた場所。誰かと話しているわけでもなく、ただ立っている。
目が合いそうになって、慌てて逸らす。
(……意識しすぎ)
自分にそう言い聞かせるのに、胸の鼓動は素直じゃなかった。
「先行こっか」
愛依に言われ、頷く。
振り返らないまま歩き出したのに、
背中のどこかで、彼の気配を探している自分がいた。


通学路は、朝よりも少し静かだった。
制服姿の生徒たちが、三々五々、家路につく。
「今日さ、いろいろあったね」
莉子が楽しそうに言う。
私は曖昧に笑った。
「愛里、ぼーっとしてない?」
「……してないよ」
でも、していたと思う。
歩きながら、何度も思い出してしまう。
手を引かれた感覚。
短い声。
迷いのない動き。
(助けてもらっただけなのに)
そう言い聞かせても、
胸の奥に残った温もりは、ちゃんとそこにあった。
交差点で、莉子と別れる。
少し先で、愛依と並ぶ。
「……今日さ」
愛依が、ちらっとこちらを見る。
「無理してない?」
「え?」
「なんでもないならいい」
それ以上、踏み込んではこなかった。
その優しさが、少しだけ痛い。
家が近づくにつれて、
昼間のざわめきが、少しずつ遠ざかっていった。


部屋に戻り、制服を脱ぐ。
カーテンを閉めて、ベッドに腰掛けた。
鏡の前に立つと、朝と同じ自分が映っているはずなのに、どこか違って見えた。
(今日一日で、何が変わったんだろう)
答えは、はっきりしている。
誰かに手を引かれたこと。
守られたと、感じてしまったこと。
それが、こんなにも心に残るなんて思わなかった。
ベッドに横になり、天井を見つめる。
ふと、浮かぶ横顔。
(……津島くん)
名前を思い浮かべるだけで、
胸が静かにざわつく。
――恋愛は、怖い。
――また失うのは、嫌だ。
それなのに。
今日の出来事は、その壁に、ほんの小さなひびを入れてしまった。
すぐに眠れるはずだったのに、目を閉じても、昼間の光景がよみがえる。
手のひらに残る、あの感覚。
(……明日、普通に話せるかな)
そんなことを考えている時点で、もう“普通”じゃないのかもしれない。
気づけば、窓の外はすっかり暗くなっていた。
私は小さく息を吐いて、目を閉じる。
今日という一日は、静かに、でも確かに、私の中に何かを残していった。
それが何なのか、まだ、名前はつけられなかったけれど。
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