婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
【第1章】
第1話:「助けてあげなきゃって思って」
「あー! やっと出た!」
ポケットで何度も震えていたスマホをようやく耳に当てると、電話口から弟の焦った声が飛び込んできた。
「姉ちゃん、今どこいんの!」
それなりに大きい声が、お酒でぼんやりした頭に鈍く響く。
「なあに、どうしたの玲央」
「こっちが聞いてんだけど」
声の様子から弟が怒っているとわかったところで、4杯目のハイボールが運ばれてきた。
ハイボール濃いめでーすという若く元気な女性店員の声は、スマホの向こうにも聞こえたはず。
「姉ちゃん外で飲んでんの?」
「うん」
「あの人と?」
「…………ひとり」
繁華街横浜、金曜の23時過ぎ。
この賑やかな大衆居酒屋でどんよりと縮こまっているのは私ぐらいだと思う。
本当は雰囲気の良いお店で静かに飲みたかったけど、今は絶対にカップルが目に入らないような場所を選びたかった。
「母さんも父さんも、ずっと家で待ってんのに」
「……メール見てくれた?『今夜彼との顔合わせはなくなりました』って」
少し考えるような間を置いて、玲央は静かに口を開いた。
「それは、見たけどさ」
「うん。ごめんね」
「別に姉ちゃんだけでも帰ってくればいいじゃん」
「うーん」
「たまには顔見せなって」
「いやぁ、合わせる顔がないよ」
笑いながら言ってみたけど、全然心は軽くなってくれなかった。