婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
そこには、最近企画開発部に移動してきた先輩――吉光さんが立っていた。
今日のグレーのスーツは良く似合っていると、後輩の女の子たちがお手洗いで騒いでいた。
少し長めの前髪は横にふんわり流すように丁寧にセットされ、その清潔感や優し気な目元は、第一印象から信頼できるほどだ。
見た目だけでなく中身も優しく穏やか、仕事もできる頼れる存在。
そうだ、後輩たちは「優良物件」とも言っていた。彼はまだ独身らしい。
「吉光さん、お疲れ様です」
「お疲れ様。会議、ずいぶん長丁場になったね」
「はい、やっぱり企画の動き始めはこうなりますよね」
吉光さんが戸棚からインスタントのコーヒーを取り出したのを見て、慌ててコーヒーメーカーを洗う手を早める。
「すみません、すぐ洗い終わるので」
「いや、いいんだ。ブラックが飲みたかったから」
気を使わせてしまった。
でも、さりげなくこういうことを言えるのはさすが吉光さんだな、と思う。
紙コップに粉を入れながら、吉光さんがチラリと私の手元を見た。
「それ、白藤さんが洗ってくれてたんだね」
「え? あ、たまにですけど」
「ありがとう、誰がやってくれているんだろうと思ってた」
「いえいえ」
お礼を言われるなんて、そんなに大したことはしていないのに。
「水気を拭くのは……あった、この布巾であってる?」
しかも手伝おうとしてくれてる。
モテるはずだ、きっと結婚したら率先して家事をやってくれるタイプだ。
「優良物件」という、後輩たちの言葉を思い出す。
この優良な人の奥さんになる人は、きっと優しくてキレイな人なんだろうな。
布巾でパーツを丁寧にふき上げる吉光さんを見て、下世話にもそんなことを勝手に想像したのだった。