婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
第4話:「知ってた? 今日俺と瑠衣さんの記念日なの」
「それで? そこのジム入会するのはやめたの?」
「やめたかったの!」
三時間に及ぶ企画会議を終え、理世と私は給湯室でぐったりとコーヒーを淹れていた。
淹れると言っても、カプセルをセットするだけで自動で色んな味のドリンクを出せるタイプのコーヒーメーカーなので、手間はかからない。
すぐに抽出部分がベタ付くのだけが難点だ。
「なんで過去形なのよ」
「体験じゃなかったの。あれが一回目だったの」
「どゆこと?」
「弟がもう契約してたの! しかも、三カ月分も!」
思えば、カウンセリングの時点で入会前提の話をされていた気がする。
それも契約してもらうための戦略なのかと思っていた。
「勝手に?」
「三カ月継続で、有名ブランドのウェアがもらえるお得なキャンペーン中だと。秋に出た新作カラーホワイトだと」
「契約って、サインとか口座とかいるんじゃないの?」
「体験に必要な書類と料金なのかと思って、言われるがままに書いちゃった」
「それ確認しなかった瑠衣が悪いんじゃない?」
「……やっぱり?」
玲央は「大丈夫だって悠貴なんだから」とまったく悪びれていなかった。
悠貴だから嫌なのに。
もともと職場に近いジムに通っている玲央は、みなとみらいのジムではビジター利用しかしないつもりらしい。
彼は友人の悠貴を信頼しているので、姉を生贄にした自覚もない。
だからそれ以上とやかく言えなかった。
「まあ強制的にジムに行く理由ができてよかったじゃない」
「選ぶ権利はあるはずだったのに」
大げさにため息をつくと、理世は「はは」と声だけで笑った。
少し前に、理世には彼と別れたことを告白した。
私が明るく怒りながら話す様子を見て、彼女も同じテンションで「そいつ、マジで今度殴りに行こう!」と返した。
重く受け止められるとこっちが辛いので、助かった。
理世はサバサバしているように見えて、しっかり人の顔色を見て空気を読む良い女だ。
「んー、カハラハルキねぇ」
「なに?」
「なんかね、どこかで聞いたことあった気がしたのよ」
「知り合い?」
「いや、そういう感じじゃなくて」
「てか理世、保育園大丈夫? もう十七時だよ」
「うん、今日は旦那が迎えに行ったからゆっくり帰る」
コーヒーを飲みほして、ふたりで給湯室を出ていこうとして思い出して立ち止まる。
コーヒーメーカーの抽出部分が、結構ベタ付いてしまっていた。
「瑠衣、行くよ?」
「先帰ってて、これちょっと洗ってから行くから」
「私がやろうか」
「ううん、せっかくだからちょっと買い物でもして帰りなよ。お母さんも少しは休憩が必要でしょ」
「いいの? じゃあそうしよっかな。ありがとね、いつも気使ってくれて」
「全然よ」
理世に別れを告げて、柔らかいスポンジでコーヒーメーカーの内部を洗い始める。
本当は、久しぶりに理世の買い物に付き合いたかった。
でも金曜日の今日は、パーソナルトレーニングの日だ。
このほかに、週二で普通のフィットネスジムを使えるコースを契約している。
週一で悠貴に指導してもらい、それを参考にしてほかの日に自分でもトレーニングするという、初心者にしてはガッツリトレーニングコースだ。
悠貴は、今日もこの間と同じトレーニングをやると言っていた。
ふとした時、あの強く抱きしめられた温度と感触を思い出す。
続いて、からかうように笑う低い声も。
……ダメだ、5個も年下の彼に振り回されてはいけない。
毅然とした、大人な余裕な態度で臨まなければ。
ひとり気を引き締めた、その時だった。
「白藤さん?」
突然の声掛けに驚きながら振り返る。