婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
あれからのトレーニングは、今までより一段と厳しかった気がする。
ジム備え付けの広くてキレイなシャワールームで汗を流しながらも、心はモヤモヤしたままだった。
「オープンでフラットな関係、どこいったのよ」
シャワーの音で聞こえないほどの小さい声で、呟く。
今のところ、私たちはフラットな関係しか築けていない。
カウンセリングもしたし、悠貴の方は私のことを多少知っている。
私は、彼のことをあまり知らない。
でも、ジムのトレーナーと利用者なんて、普通はそんなもんかもしれない。
意外と優しい、と思ったんだけどなぁ。
私にとってお菓子が大事であるということを、言い訳だと一蹴せずにちゃんと受け入れてくれた。その上でサポートするとも言ってくれた。
それが嬉しかった分、あのとげとげしい言い方に引っかかってしまうのだ。
シャワー後、髪を乾かすためドレッサーに向かう。
少し離れた席では、ふたりの若い女性が談笑しながらメイクをしていた。
盛り上がっているのか、話す声は結構大きい。
「香原悠貴めっちゃエロかった!」
「でしょ! もう表情がさぁ、あれは誘ってる目だよね!」
部屋に響き渡る明け透けな会話に、ギョッとする。
驚きすぎて、貴重品入れ兼スパバッグを床に落としてしまった。
慌ててぶちまけた中身を拾い集めながら、まだ動揺している。
なに? 誘ってる? どういうこと、何の話?
さっきまで一緒にいた彼に何があったのか気になったところで、それに答えるようにふたりの会話が続けられる。
「これで一回もメダル取ったことないなんて、フィギュアって厳しいんだね」
「ね。16歳でこの色気だったら、今だったらもっとやばいんじゃない?」
「もう滑らないのかなぁ」
遠目からよく見ると、彼女たちはスマホで何か見ながら話しているようだった。
……スケートの話か。
なるほど、そう言えば悠貴が滑っている動画があると聞いたような気もする。
今さっきその話題を出して冷たい反応をされたばかりなので、なんだか気まずい。
でもちょっと気になる。
別に悠貴のことは何とも思っていなし、そんな目で見ているわけじゃない。5個も年下だし。
でも、めっちゃエロいとか目が誘ってるとか言われたら気になってしまう。
もう少し話を聞いてみたくて、ドライヤーのスイッチをオンにできないでいる。
「でも、もう滑れないらしいよ」
「なんで? そこまで歳じゃなくない?」
「なんかやばいことやらかして、もうスケート界に戻れないんだって。だからコーチとかにもなれなくて、このジムに拾われたって噂」
「え、なにやっちゃったの?」
「それは――」
これでもかと耳をそばだてていると、突如ドライヤーの音に全てがかき消された。
話を聞くのに夢中で気がつかなかったけど、いつの間にか私たち以外にも人が来ていたらしい。
悠貴がなにをやっちゃったのか。続きが聞きたかったような聞かなくてよかったような、複雑な気持ちだ。
あのふたりの話が本当なら、悠貴にとってスケートの話題は地雷……ということなのかもしれない。
何も知らずにスケートの話をしてしまった後悔と、悠貴がやばいことをやらかした、という彼女たちの言葉がモヤモヤと心に残った。