婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています

「あっ……」

 驚きと、後から追いついた恥ずかしさで心臓が大きく脈打つ。
 かぷ、と柔く肉を食まれる。

「ま、待って!」
 
 制止の言葉は、悠貴には届いていない。
 聞こえていないはずはないのに、本当にどういうつもりなの。

「ひっ……」

 肌を滑る熱い感覚が彼の舌だとわかった瞬間、じゅっと音を立ててそこを吸われた。

「あ、やだっ……ん」

 羞恥で思わず上げた声は、彼の親指によって口内に押し戻される。
 そのまま頬を撫でられ、見上げると悠貴の口元がゆっくりと弧を描いた。

 悪い顔だ。

「……静かにできる?」

 気だるい声で、彼は「誰もいないけど、声響くからさ」と続ける。
 
 年下の男に宥める様に諭されて、なんとも言えない気持ちが湧き上がる。
 腹が立つような、このまま彼に甘えてしまいたくなるような――。

 今まで感じたことのない、怒りとも背徳感とも言えない感情が胸に広がって、なんだか泣き出してしまいそうになる。

「……なにその顔」
 
 ピタ、と悠貴の動きが止まる。

「かわいい」
 
 さっきまでの余裕ありげな妖艶な笑みは、スッと消えていた。

 虚ろでいて、こちらを射るような強い眼差し。
 ゆっくりと嚥下する、男らしく目立つ喉ぼとけ。
 
 本能的に、少し怖いと感じてしまった。
 
 思わず身を固まらせ、ギュッと目をつむる。
 
 嫌なら嫌と叫んで暴れればいいのに、そうしようとは思わなかった。
 この先を望んでしまう、自分がいる。
 
 しかし、いくら身構えても新たな刺激は感じられなかった。

「……わかっただろ?」
「……え?」

 思いがけず優しい声が降ってきて、恐る恐る目を開ける。
 さっきまでの、ギラついた悠貴ではない。

 少し口角を上げた、こちらの様子を伺うような顔は、彼が私をからかう時によくする表情だ。
 
 わかっただろ、って。なにが?
 
 まだ混乱している頭で考えていると、悠貴がゆっくりと体を起こした。
 そのまま抱き起されて、ソファに座り直される。
 
 今までくっついていた悠貴の体温がなくなった体は少し冷えて、熱に浮かされていた頭もいくらかはっきりしてきた。
 
 つまり正気に戻ってきた。
 
 いくら悠貴に流されたからって……私、どうして抵抗しなかったの。
 私、こんなに軽かったっけ?

 「わ、私帰るっ……!」
  
 自分に呆れる。
 何考えてるの、相手は5個も年下の、しかも弟の友達!
 
 とにかく早く帰ろう。このままここにいたらまずい気がする。
 悠貴の方をあまり見ないように、スタッフルームを出ていこうとした。

「待って」
 
 その途端に、背中にズシリとさっきまでの体温と重さがのしかかる。
 
 ボディーソープの香りと、ほんの少しの汗の香り。
 後ろから腕を回されて、首筋に熱い呼吸を感じてゾクりとする。

「また来週。気を付けて」

 せっかく冷めた熱が、悠貴の触れたところからぶり返していく。

 ――本当に、彼とこれ以上なにかあってはいけない。
 
 今度こそなけなしの理性をかき集めて、逃げるようにその場を後にしたのだった。
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