婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
「うんわかってたよ。吉光さん瑠衣のこと気に入ってるんだろうなって」
「えっ、なんでいつから」
「なんか瑠衣を見る目がこう……キラッとしてた」
「キラ……?」
社員食堂で、理世と少し遅めのお昼ご飯を食べている。
理世は相変わらずのかけそばで、私は日替わり定食の鮭のムニエル、ご飯は雑穀米。
「もう何度かご飯行ったんでしょ? 早く付き合えばいいのに」
「うーん……」
吉光さんは、完璧すぎるぐらい良い人だ。
仕事もできるし性格だって素晴らしい、そのことはこの間ミスをフォローしてくれた時に改めて実感した。「優良物件」だと、会社の女性たちが憧れていることもわかっている。
そんな吉光さんが私に興味を持ってくれていることは、素直に嬉しい。
それでも、喜んで彼と付き合いたいとはまでは思えなかった。
まだ現実感がない、とでも言えばいいのだろうか。
「そもそもなんで私なのかな。ちょっと痩せたから?」
「いや。その前からだと思う、キラッとしてたの」
「嘘だ、ほかに若くて可愛い子いっぱいいるのに」
「そう思うんだったら、なおさらさっさと付き合った方がいいって。嫌じゃないんでしょ? 吉光さんのこと」
もちろん嫌ではない。
実は、吉光さんに言われて引っかかっていることがある。
二回目の、一緒にご飯を食べにいった時のことだった。
――気が早いけど、お付き合いするなら一緒に生きていくことも考えてほしいんだ。
つまり、結婚を見据えた付き合いがしたいということだ。
結婚を望んでいる私には嬉しい提案すぎる。
痩せようかなと思ったのも、一度は手にしかけた結婚という憧れを諦められなかったからだ。
結婚したら幸せになれる。
そう思っていたはずなのに。
「なんか、これでいいのかなって思っちゃって」
「ほかにいるの? 男」
一瞬悠貴のことが思い浮かんだけど、急いで首を横に振った。
彼のことで悩むのはもうやめようと、決めたのだ。
「逃がした魚は大きいってならなきゃいいけど」
そう言いながらいつの間にかそばを食べ終えた理世が、社内で持ち歩く用の小さなバッグから紙袋を取り出した。
「これ、朝来る前に買ったの。ひとつあげる」
紙袋から理世が取り出したのは、チョコが練り込まれた小さなクロワッサンだった。
理世のお気に入りのパン屋さんでグラム売りされているもので、たまにこうやって分けてもらう。
「いいの? ありがとう。私も今度買ってくるね。美味しいクリームパン見つけたの」
受け取ったクロワッサンに、スマホのカメラを向ける。
カシャッと音が鳴ると、理世が怪訝そうな顔をした。
「なんで撮るのよ? 今さら珍しいものでもないのに」
「送るの、ジムのトレーナーに」
昨日から、食事管理のプログラムが始まった。
食べたものを写真で悠貴に送ると、評価と足りない栄養素、次に食べると良いメニューをいくつか教えてくれる。
例えば夜に焼き肉を食べたいんですが、という事前申告をすると朝昼の調整の仕方や焼き肉を食べる時の注意点も教えてくれる、らしい。
お菓子をやめることができないという主張を聞いてくれた悠貴は、宣言通り私に合った無理のない食事メニューを提案してくれた。
相変わらず、仕事は真面目にやってくれる。
写真を送ってから数分もしないで、ピコンとスマホがメッセージを受信した。
仕事だからとは言え、悠貴は毎回返信が早い。
さすがに食べ過ぎ、とか言われるかな。
開いたスマホの通知画面には――「俺も好き」と表示されていた。
カッと顔が熱くなった瞬間に、続いて「そこのパン屋」と通知が重なる。
スマホを持って固まっている私の様子を見ていた理世が、表情を変えずに声だけで笑った。
「なるほど、振り回されてんのね」
違うと大声で言いたかったけど、それこそそうだと認めているような気がする。
低い声で「別に」と呟いてスマホの画面を下に向けた。
5歳も年下で、弟の友達。しかも何を考えているのかわからない彼。
そんな人を好きになってしまったら、安定した結婚からまた遠ざかってしまう。
――不毛な恋愛には、もう手を出さない。堅実に人生を進むんだ。
改めて、そう心に決めたのだった。