婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
四十階建ての高層ホテルは、渋谷の街の中に堂々と存在している。
良い大人ではあるけれど庶民な私には、こういう高級な場所は非日常な空間だ。
二階にあるロビーには、先に吉光さんが到着していた。
円形に並べられたそれぞれデザインの違うソファのひとつに座っていて、私に気がつくと微笑んで手を振ってくれた。
いつものスーツに見えるけど、ネクタイピンやハンカチーフなど小物は華やかに見える。
「ごめんね、こんな雨の強い日に」
「いえ、私もここまでひどくなるとは思ってなくて」
場所と雰囲気に緊張して、なんだかドギマギした会話になってしまう。
高すぎる天井や、フロア全体に敷き詰められたふかふかの絨毯でさえ、気持ちが張りつめる材料になる。
私がソワソワしていることを感じ取ったのか、吉光さんは柔らかく笑った。
「そんなに気を張らないで。ちょっと美味しいものを食べに来たと思って」
「あ、ありがとうございます」
ちょっとどころじゃないと思うけど、吉光さんの気遣いにお礼を言う。
レストランは高層階にあるということで、ふたりでエレベーターへ向かった。
雨のせいか、足元の絨毯は少し湿っている。
エレベーターを待っていると、急に外から大きな爆発のような音がした。
ひどい雷だ。
あまりの大きさに驚いて、少し遠くにある窓の方を見る。
周りの人も同じようにそちらに顔を向けていた。
ここからでは、外がどうなっているかはよくわからない。
「ひどいな。レストラン、外の景色がよく見える席にしたんだけど」
吉光さんが残念そうにそう呟くと、エレベーターの扉が開いた。
数人の人たちが降りてくる中で、「下に参ります」という案内が聞こえる。
これは一度見送って、次に上がってきた時に乗れば良い。
また轟音がして、今度は近くに落ちたのかと再び窓に目を向けた時だった。
――誰かに、腕を掴まれる。
「えっ」
降りてくる人たちの波に逆らうように、エレベーターへと引き込まれる。
後ろから吉光さんの驚いた声が聞こえて、続いて扉が閉じる音がした。
「どうして――」
私の腕を掴むよく知った人物に、驚きが隠せない。
ふたりだけになったエレベーターが下へと動き出す。
「なんでここに」
「……俺も同じこと思ってる」
そこには、どこか渋い顔をしている悠貴がいた。
いつか見た時と同じ、オリーブグリーンのスーツ。
今日は中に襟なしの白いトップスを着ている。
そうだ、カフェでキレイな女の人と一緒にいた時もこんな格好をしていた。
落ち着いた雰囲気の中に爽やかさが際立っていて、よく似合っている。
いつもの動きやすそうな服とは全く違う系統なのに、無駄なくスタイリッシュに着こなしていた。
「なにしに来たの、瑠衣さん」
言われてハッとする。
そうだ、吉光さんを置いてきてしまった。
「戻らなきゃ」
エレベーターのボタンを押そうとしたその時。
遠くの方でまた雷鳴がしたと思ったら、電気がパッと消えた。
それと同時に、ガコンと音を立ててエレベーターの動きが止まったのだった。