婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
エレベーターの復旧には、少なくとも一時間はかかるらしい。
さっきの落雷で、この辺り一帯の地域が一時的に停電してしまったのだ。
スマホでニュースを見る限り、街の停電自体は復旧しつつある。
エレベーター内もすぐに予備電源に切り替わり、明かりは点いた。
しかし安全確認を行ってからでないと機体を動かすことができないということで、しばらくここに閉じ込められることになってしまったのだ。
「こんなでかいホテルでも、雷には負けるんだな」
「……そうだね」
ずっと立っているわけにも行かないので、私たちは床に腰を降ろしていた。
意味がないかもしれないけど、せめてもの抵抗でハンカチを敷いて座っている。
悠貴は私から少し離れたところに、足を投げ出し壁にもたれかかるように座った。
……気まずい。
悠貴とは、ジムで言い合いになってからそのまま会っていない。
食事の写真も、送るのをやめてしまっていた。
「さっき電話してたの、前言ってた会社の先輩?」
「え、あ、うん」
喧嘩を引きずってしまって、ぎこちない返事になってしまう。
停電してすぐのこと、吉光さんから電話があった。
こんな状況だし残念だけど食事はまた今度にしようということになり、いつ帰れなくなるかわからないので、吉光さんには帰れるうちに帰ってもらうことにしたのだ。
私が出られるまで待っていると何度も言ってくれたけど、申し訳ないので丁重にお断りした。
そもそも、強引にとはいえエレベーターに乗ってしまった私が悪いんだ。
「優しそうな人だったな」
どこかうわの空で、悠貴が呟く。
すぐ近くで電話していたので、悠貴にも電話の内容が丸聞こえだったようだ。
「瑠衣さんのこと、すごく心配してた」
「そりゃあ、一緒に来た人が閉じ込められたら心配するよ」
「それだけじゃない、あんたのことマジで好きなんだろ」
「え?」
「声色とか、話し方とか本気だった」
悠貴が拗ねたように吐き捨て、私から目を逸らすように深く下を向いた。
あからさまに不機嫌な子どものような態度を取った悠貴に、違和感を覚える。
いつもはどんな時もハキハキ喋るのに、静かにぼそぼそと喋るのも変だった。
少しだけ心配になったところで、悠貴が体を引きずるようにのそのそと私に近づいてきた。
「ど、どうしたの」
「寒い」
「え、ちょっと」
すり寄るように隣にぴったりと身を寄せられて、あることに気がついた。
「悠貴、もしかして酔ってる?」
「……そんなに飲んでない」
そうは言っているけど、腕に伝わる体温の高さや、少し上気した顔にぼんやりとした瞳を見れば明確だった。
こんな悠貴を見るのは初めてで、自分でも困惑しているのがわかる。
いつもの悠貴だったら「離れてよ」と言えるのに、大きな体を縮こまらせてくっついてくる彼を突き放すことができなかった。
どうしようかと思っていると、顔に悠貴の手が伸びてきた。
冷えた指先で顎をそっと掴まれ、顔をのぞき込まれる。
鼻と鼻が触れてしまいそうなほど、近い。
悠貴が緩慢に瞬きをし、ゆったりと頬にその影を落とす。
濡れた瞳に見つめられると、息ができなくなった。
「目、キラキラしてる」
「……えっ」
「いつもそんなんしてないのに」
なにをそんなに見つめていたのかと思えば。
痩せ始めた時に買って、今日やっと封を切った少し良いアイシャドウ。
「そんなに先輩と会うの楽しみだったんだ?」
どちらかというと、覚悟を決めるためだった。
でも否定するのも違う。
実際、吉光さんとの未来は前向きに考えていた。
それなのに悠貴に「うん」と言えない自分が、ハッキリしなくて本当に情けない。
答えられずに悠貴から目を逸らす。
すると彼は私の肩におでこをトン、と乗せてきた。
すり、とそのまま体に体重をかけられる。
ふんわりとしたムスク系の匂い。
身長の高い彼のシャンプーの香りを感じたのは、今が初めてかもしれない。
彼の熱と甘い匂いに、座っているのにめまいがしそうだった。
「ほかの男のとこ、行かないで」
消えそうなほど小さな声だったけど、あまりにも密着していたのでしっかりと耳に届いた。
甘えたような掠れ声に、動揺が隠せない。
――本当に、吉光さんに嫉妬してたの?
喧嘩した時に意地悪なことを言ったのも、そのせい?
そうだとしたら、勘違いしてしまう。
「それ……どういう意味?」
私のことが好きなの? とは聞けなかった。
しばらくなにかを考えるように黙っていた悠貴は、頭を上げないまま口を開いた。