婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています


 無事エレベーターが動くようになり、ホテルの人がお詫びにと家まで車を回してくれることになった。
 
 雨はもう止んでいるみたいだけど、終電ギリギリの時間だったからありがたい。
 準備ができるまでロビーで待っている間、悠貴に気になっていたことを聞いてみる。

「ここに泊まりに来たんじゃないの?」
「そんな高級な趣味はないな」
「じゃあなんでこんなところに」
「上のバーで飲んでた」
「ひとりで?」
「人に呼び出されて来たけど、そいつは急用ができたとかで早々に帰ってった」
「……へえ」

 それが誰なのか気になったけど、聞いていいものなのか。

 こんなホテルのバーに呼び出すなんて、相当お金持ちな人なんだろう。
 以前見た、悠貴と一緒にいた海外セレブ風の美女が頭に浮かぶ。

「なんか、気ぃ抜けたら腹減った」

 体を伸ばしながら悠貴がそう言うと、私も急に空腹を自覚した。
 会議が長引いてお昼を食べ損ねたから、午前の試食会でお菓子を食べてからなにも口にできていない。

「そうだ、これ食べる?」

 試食会で余ってもらってきたドーナツを、悠貴に差し出す。

「あ、安心して。これカロリーオフのドーナツだから」
「別に俺いつもカロリー制限してるわけじゃないけど。お菓子好きだし」
「え? そうなんだ」

 初めて会った時、カロリー過多だからとフィナンシェを断られたから常にストイックなんだと思っていた。

「瑠衣さんっていつもお菓子持ってるの?」
「大抵はね。自分で食べなくても、誰かにあげられるし」
「……ふーん」

 個包装された手の平に収まるほどのドーナツを、悠貴はまじまじと見ていた。

「変なもの入ってないよ」

 至ってスタンダードな見た目のドーナツだけど、なにか気になることがあったのだろうか。
 ようやくドーナツの袋を開けた悠貴が、ふいに口を開いた。

「……瑠衣さん、覚えてる?」
「え?」
「いや……。なんでもない」

 なにを? と聞く前に、悠貴が切り上げてドーナツを食べ始める。
 なんの話なのか引っかかったけど、悠貴が一瞬微妙な顔をした方が気になった。

「……美味しくない?」
「いや、そうじゃないけど。前と味が違う気がする」
「前? ……ああ、ウチの商品食べたことあった? さっきも言った通りこれダイエッター向けの商品だから、どうしても味が変わっちゃうんだ」

 悠貴の反応を見て改めて思ったけど、やっぱりレギュラー商品の味を知っている人はそれと同じ味を想定して、違うことに違和感を覚えてガッカリしてしまう。

「まだ開発途中なんだけど、ダイエッター向けのお菓子って難しくてさ。どの案も二番煎じでなかなかうまくいかなくて」
「そうなんだ」
「うん、研究はしてるんだけどね。ダイエット頑張ってる人でも、罪悪感なく食べれてまた目標に向かって頑張ろうって思えるお菓子を作りたいの」
「へえ」
「美味しいお菓子なら、たったひとつ食べただけでも希望を持つきっかけになるからね」
「……ふーん」

 無造作に答えた悠貴に、ハッとする。

 つい語ってしまった、仕事の話になると相手の反応を見ずに話してしまうのはよくない癖だ。

「ごめん、仕事の話面白くないよね」
「……カロリーオフとか、入ってないものをアピールするんじゃなくてさ」
「え?」
「栄養補助みたな感じで、タンパク質とか食物繊維とか、必要な栄養素が補えることをウリにするとか」
「う、うん」
「計算しやすいカロリーで作るとか。小さくても一つ七十から百キロカロリーにしてくれれば、間食として追加しやすいし」
「なるほど」

 スマホを取り出して、悠貴の言ったことをメモしていく。
 カロリーカットは常に議題に出ていたけど、計算しやすいカロリーと言うのは新しい発見だった。

 何気なく話した仕事の悩みに、こんなに真面目に答えてくれるなんて。

「あとは、瑠衣さんが欲しいものを考えたらいいんじゃない? まさにダイエット当事者なんだし」
「うーん、私はやっぱり味が全てかなぁ、やっぱり美味しいことが一番大事。あとは、珍しい味のものだったら、食べてみたいなって思うかも」

 ジム通いをしてダイエットをしていても、私は美味しいものを食べたい。
 それが活力になる人は、大勢いるはずだ。

「じゃあ、里芋とかどう?」

 思いがけない悠貴の提案に、一気に興味がわく。

「なんで、心当たりがあるの?」
「俺昔スケートやってたんだけど」
「え。あ、うん」

 前にその話をした時に嫌そうにはぐらかされてしまったから、悠貴が自分から話題にしたことに面食らう。

 噂では、なにか問題を起こしてしまってスケート界に戻れなくなったと聞いた。
 だから触れられたくない地雷なのかと思っていたけど、本人的にはそうでもないんだろうか。

「そん時は体重制限が厳しくて、食べるものにも気を使ってた。市販のお菓子とかコーチに止められてて、代わりに母親がなんでも作ってくれた」
「へえ、そうなんだ。お母さんが」

 悠貴の過去の話は、初めて聞いたかもしれない。
 お菓子作りは簡単ではないのに、なんでも作ってくれるなんて優しいお母さんだ。

「それで、よく里芋を使ったやつを作ってたの思い出した」
「そっか、里芋。里芋モンブラン味とかにしたらもっと購買意欲そそるかも……」
「またモンブランか、好きだな」
「ありがとう悠貴、このアイデア使ってもいい?」
「もちろん」

 少し得意げな悠貴に、思わず笑みがこぼれた。
 いつも振り回されているし、基本的になにを考えているのかよくわからないけど、こうやって頼りにされて素直に嬉しそうにしているところを見るとなんだか可愛く思えてくる。

「それにしてもお母さんすごいね。料理上手なんだ、いいね」
「うん」
「なんでも作ってくれるなんて、悠貴のことすごく応援してるんだね」
「……だと思う」

 零時を過ぎたからか、ロビーの照明が一部落とされた。
 シャンデリアに煌々と照らされ明るかった辺りが、フッと落ち着いた雰囲気に変わる。

 その時の悠貴が、微笑みながらも少し寂しそうに目を伏せたことが気になった。
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