婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています

「あの夜思い出した」
 
 大人しくついてくる悠貴が、後ろで呟いた。
 振り返らずに、大きめの声で「いつの?」と聞き返す。

「俺のこと守ってくれたでしょ、飲み屋街で」

 初めて会った時のことを言っているのか。
 酔っ払いに絡まれている悠貴を放っておけなくて、首を突っ込んだ。

 正確には守ろうとして、逆に守られてしまったのだけど。

「あの時と同じ」
「え?」
「かっこよかった」

 あの夜はそんなこと一度も言っていなかったのに。
 
 なんで今、そんなことを言うんだろう。
 どんな顔をして言っているのか見てやりたい。

 悠貴の方へ振り向こうとして、それはできなかった。
 彼が急に前に出てきて、掴んでいた腕を振りほどかれる。
 
 離してしまった手は、今度は悠貴の大きな手に掴まれた。

「冷たい」

 そう言って笑った悠貴は、今度は私を引っ張って歩き始めた。

「えっ、ちょっと」

 足の長い悠貴の早歩きは、私にとっては小走りだ。
 待ってよと言いかけたけど、少し前を歩く悠貴の晴れやかな顔を見ていると、私も走り出したい気持ちになったのだった。

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