婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
悠貴がどこに向かっているのか、わからないまましばらく歩いた。
予定だったパン屋さんに向かっていたのかと思ったけど、気がつけば人通りがやけに賑やかな通りまでやって来ていた。
イルミネーションで彩られた、海の近くの遊園地を通り抜けていく。
何度か手を離してみようとしたけど、悠貴はそれを許してくれない。
私も、ギュッと握ってくる手を無理やりほどこうとは思わなかった。
「……どこいくの?」
隣を歩く悠貴にたずねてみる。
別に、目的地がないことは私もわかっていた。
「瑠衣さんはどこに行きたい?」
「パン屋さんは?」
「もう引き返せないだろ」
「悠貴の行きたいとこは?」
「特にないけど」
「じゃあ、帰る?」
試すようなことを言ってしまって、すぐ後悔した。
本当は一緒にいたいと、なぜ素直に言えないんだろう。
悠貴は前を向いたまま答えない。
ふと、繋いだままの手を力強く握られた。
彼の温かい指が、すりすりと私の指先に絡んでくる。
「……意地悪言わないで」
甘えるような声色に、胸がキュッとなった。
彼は私をどうしたいんだろう。
耳が熱くなったのを感じていると、悠貴がフハッと笑った。
歩くスピードが速くなる。
私の反応を見て、ずいぶん楽しそうなことだ。
「相手してよ、どうせ暇なんだろ」
「ジム行く予定だったんだけど」
「明日行けばいい」
「トレーナーのくせに、そんなこと言っていいの?」
「俺がいない日にわざわざ行かなくていい」
悠貴は嬉しそうな笑顔を隠そうともせず、かなり機嫌が良さそうだった。
こんなににこやかな彼を見るのは、初めてかもしれない。
不思議な気持ちで横顔をながめていると、こちらを見た悠貴と目が合う。
「なに笑ってんの?」
「え?」
「瑠衣さん嬉しそう」
ご機嫌なのは、悠貴の方でしょ。
空いている方の手で自分の頬を触ってみたけど、やっぱりどんな顔をしているかなんてわからない。
でも、そっか。
私、悠貴と一緒にいると嬉しいんだ。
「ねえ瑠衣さん、あれ」
道に人が多くなってきたところで、悠貴が声を上げた。
歩みを進めると、ライトアップされた赤い三角型のテントの屋根が見えてくる。
商業施設の敷地で行われている、大規模なクリスマスマーケットだ。
赤や緑のテントは真っすぐな道にずらっと並んでおり、冷たい空気の中に微かに甘くスパイシーな香りが漂う。
きっと、グリューワインの匂いだ。
大きなクリスマスツリーや、光る雪だるま。そして人々の賑やかな雰囲気に思わず目を奪われていると、悠貴に手を引っ張られる。
「寄ってみるか」
「いいの?」
「俺も見てみたいから」
きっと、私が行きたい顔をしていたんだろう。
ふたりきりでクリスマスマーケットなんて、まるで恋人みたいだと思った。