婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
簡素なベンチで冷えた手を擦り合わせていると、飲み物を買いに行ってくれていた悠貴が戻ってきた。
「ありがとう。遅かったね、ごめんね寒いのに並ばせちゃって」
「別に、てかここも冷えるだろ」
頼んでいたグリューワインの紙コップを受け取ると、手がじんわりと温かくなる。
濃い赤紫の中にスライスレモンと八角が浮かんでいるのを見て、冬だなぁと思った。
「初めて飲んだ時、クセが強くてびっくりしたんだよね」
隣に悠貴が座ると、軽いアルミ制のベンチが少し軋んだ。
「苦手なの?」
「もう慣れた」
「大人だな」
「悠貴はコーヒーでよかったの?」
頷いた彼は何の変哲もないブラックコーヒーをすすっていた。
お酒の気分じゃなくても、雪だるまのマシュマロの入ったココアとか、クリスマスツリーに見立てたホイップのカフェオレもあったのに。
スライスレモンを軽く除けて、グリューワインに口を付ける。
ワイン独特の酸味と甘み、そしてスパイスの香りが鼻を抜けていった。
レモンがはちみつ漬けだったみたいで、結構甘い。
飲んだものがお腹に落ちていくと、体が温まってホッとした。
「少し飲んでみる?」
何気なくたずねてみると、悠貴は少し迷ったようだった。
「俺、ワインはあんまりなんだけど」
「え、そうなの?」
「……美味い?」
「甘いから飲みやすいとは思うよ」
悠貴はおずおずと紙コップを受け取ると、ほんの少しだけそれを傾けた。
一口含んで、悠貴は少し考えるように紙コップの中を見つめている。
ワインにスパイスにレモン。複雑な味わいを、舌で一生懸命理解しようとしているのかもしれない。
昔、私がそうだったように。
「……もういいかな」
怪訝な顔を隠せない悠貴が、紙コップを返してくる。
様子を見れば一目瞭然だけど、あまり口に合わなかったらしい。
恐る恐るな一連の行動がおかしくて、思わず笑ってしまう。
「ふふ」
「なに?」
かわいいなと思って、という言葉は飲み込むことにした。
広場には二階くらいの高さはありそうな大きなクリスマスツリーがあって、その下では様々な人たちがそれを見上げている。
小さな男の子とお母さん、若いカップル。
女子高生五人グループに、白髪の老夫婦。
高そうなカメラを構え、ひとり写真撮影に勤しむ大学生ぐらいの男の子もいた。
それぞれみんな、満ち足りた顔をしている。
今この瞬間を、心から楽しんでいるんだろうなと思う。
「幸せって、案外簡単なのかも」
ポツリと呟く。
「周りの目とかしがらみとか気にしないで、自分のために目の前のことを全力で楽しむ。それでいいのかもね」
「瑠衣さんがそう思うなら、きっとそうなんだろう」
膝の上で、両手をそっと握る。
「……本当は、わかってたはずなのにね」
年齢を重ねるほど、考え方に余裕がなくなってきた。
世間体や憧れにがんじがらめになって、結婚という幸せにとらわれてしまっていたのだ。
そのせいで傷ついたり、周りの人に迷惑をかけてしまったりすることもあった。
だけどもう、私は焦ることをやめようと思う。
悠貴が元彼を殴ってくれた時。
そして自分で元彼に決別を言い渡すことができた時、心の底に沈んだ重たい気持ちがスッと消えていった。
――堂々と自分らしく、前を向かなきゃ。
隣を見ると悠貴が暖を取るように、湯気立つコーヒーの紙コップを両手で持っている。
少し背中を丸め小さくなったその姿が、なんだか愛おしく見えた。
透き通った空気を吸い込んで、膝の上で丸まっていた両手をグッと握る。
「ねえ悠貴、行こ」
「ん?」
「おっきいクリスマスツリー! 見よ!」
「うおっ、ちょっと……!」
悠貴の手から、半ば無理やりカップをもらい受ける。
腕を掴んで、彼を引っ張っていく。
ちょっと大胆なことをしてしまった。
でも珍しく慌てながらついてくる悠貴を見ていると、心の底から楽しい気持ちが浮き上がってきたのだった。