婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
悠貴は行き先を告げずに、車を走らせる。
今日は雨が降っていないから、真っ暗な海に反射する街並みがキレイに見えた。
少し走った先に見えた工場夜景も、近未来的な雰囲気があって目を奪われる。
外の景色に目を向けながらも、悠貴の様子にも気を配る。
悠貴はトレーニングウェアから私服に着替えていて、今日は全身黒コーデだった。
黒い薄手のトレーナーはスポーツブランドのもので、ラフな格好がなんだか大学生みたいに見える。
そんな悠貴が流れるように無駄のない所作でハンドルを捌くのだから、チグハグで変な感じだ。
「そんな格好で冷えない?」
「え?」
「スカート寒そう」
私が悠貴の服装をチラチラ見ていた時に、彼もまた私の服を気にしていたらしい。
ネイビーの大きめのセーターに、白いロングスカート。確かに軽い素材のスカートは、薄く見えるかもしれない。
「裏起毛のストッキング履いてるから大丈夫だよ」
「……そうなんだ?」
多分裏起毛がなんだかよくわかっていなさそうだけど、とりあえず私が寒くないとわかったらもう会話は終わってしまう。
前に乗せてもらった時のことを考えると、これは目的地のないただのドライブかもしれないと思った。
前回もそうだったように、悠貴は車の中だと話がしやすいのかもしれない。
だんだん海から離れていき、車は街の方へ走り出した。
そろそろ、切り出してもいい頃合いだろうか。
「私、前に悠貴と会ってたんだね」
「玲央から聞いた?」
「うん。思い出した、って言えればよかったんだけど」
あれから思い出せたことといえば、当時22歳新卒だった私は、とにかくがむしゃらに毎日を繰り返していたなぁということだった。
つまり悠貴に関することは、申し訳ないけどまったく覚えていない。
「その時のこと、話してくれないかな。そしたらきっと思い出せるから」
「別に、俺が覚えてればそれでいいと思うけど」
「……そんなの寂しいじゃん。あの頃の悠貴となにを話したか知りたいの。お願い、絶対思い出すから」
絶対なんて本当は約束できないけど、悠貴が話してくれるなら少しの嘘は許してほしい。
赤信号で、車が一時停止する。
悠貴は相変わらずラジオをつけないので、車内はほぼ静寂だった。
どうしてそこまで話したがらないのか、と思っているとやっと悠貴が口を開いた。
「どうしたのひとりでムスッとして~って絡まれた」
「え?」
「それで、気づいたら一方的に会社の愚痴とか喋り始めて」
「……私が?」
「瑠衣さん以外に誰がいるんだよ」
あまりにも期待から外れた答えに、耳を疑う。
いくら悠貴の事情を知らなかったとはいえ、初対面の弟の友達にする話ではないと思う。
「もしかして私、酔ってた?」
「いや、普通だったと思う」
「……ほかになに話してた?」
「最近できた彼氏の話とか。その話は俺もあんま覚えてないけど」
なにも良さそうなことを話していない。
玲央は、なにか良いことを言ったはずだから安心して、と言ってくれたけど。
どう考えてもただの世間話……しかもつまらない話だ。
「思い出してないじゃん」
車が進みだして、悠貴がボソッと呟いた。
「ごめん……」
悠貴が忘れられなかったという私との思い出。
その私がしていた話があまりにもくだらなすぎて、自分でもショックを受けているところだ。
聞きだした割に大したことなかった出会いに、なんだか気まずくなって俯いていると隣で悠貴がクスッと笑った。