婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
第21話:「見てて、瑠衣さんは特別だから」
長野県に着くころには、もう23時を過ぎようとしていた。
大学生じゃないんだから、行きたいところがあると言って四時間も車を走らせるのはどうなんだろう。
長野⁉ と驚いた私に、なぜか満足そうに笑った彼はなにを考えているのか。
周りはほぼ山で、かろうじて灯りが等間隔についている夜の真っ暗な高速道路が怖かった。
下道に降りると、悠貴はカーナビも操作せずに慣れた様子で車を走らせた。
きっと、明確に目的地があるんだろう。
「縦に長い建物がないね」
「田舎だね、で伝わる」
「こっちの方、詳しいの?」
「まあ、地元だから。中学までこっちにいたんだ」
なんとなくそんな気がしていた。
明らかに土地勘のある人の車の走らせ方だったから。
なんにも知らなかった悠貴のことを知っていく感覚に、少し気持ちが高揚する。
実家に帰るつもりなのかと思いきや、悠貴はハンドルを回して大きな体育館のような施設へと入った。
アイスアリーナと書かれた看板が目に入り、ハッとする。
スケートリンクだ。
悠貴は、自分のスケート選手時代のことはほとんど教えてくれなかった。
ずっと前にその話題に触れた時に、探られるのさえ嫌そうにしていた。
だから踏み込んで話を聞くのをやめたのだ。
それなのに、自分からこんなところに連れてきてくれるなんて。
窓から見える中の様子は真っ暗で、人の気配もなさそうだ。
駐車場を通り抜けて、わざわざ裏の方に車を停める。
悠貴の、思い出のスケートリンクなのだろうか。
ここでずっと練習していたとか?
悠貴が操作したのか、自動で車の扉が開くと肌を刺す冷気が舞い込んできた。
横浜も海が近いところは寒いけど、長野もなかなかの寒さだ。
車を降りながら震えていると、悠貴が自分のダウンジャケットを差し出してきた。
「コートよりこっちの方がいいだろ」
「大丈夫だよ」
「中はもっと冷えるから」
「悠貴が寒いでしょ」
「俺は慣れてるから。ほら」
悠貴がダウンを私の肩に引っ掛ける。
ふわっと彼の匂いがして、さっきまでの彼の体温に包まれる。
ドキリとしながらも、その匂いと温度に安心する。
ちゃんと悠貴はここにいるんだ。
悠貴の存在を噛みしめながら、彼について裏口へと向かっていく。
「……入れるの?」
「俺、裏口ロックのパスワード知ってるから」
「え、勝手に入るってこと?」
「だから忍び込むんだ」
車をそこに停めているのに、忍び込むもなにもあるのか。
防犯カメラだってあるのに。
それでも悠貴がやけに楽しそうなので、共犯になってもいいかなと思ってしまったのだった。