婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています

 スケートリンクと通路を隔てる、胸ぐらいまでの高さの仕切りに手をついた。

 久しぶりに滑るのに、いきなり演技なんかして大丈夫なんだろうかと心配したけど、たまに帰ってきてひとりで滑っていると教えてくれた。

 さっき忍び込むだなんていったけど、実際には管理している人に容認されているらしかった。

 この広いスケートリンクではスマホで音楽を流しても意味がないということで、無音で演技が始まる。

 リンクの真ん中にポツンと立っていた悠貴と、目が合ったような気がした。
 
 揺らぐことのない、強くまっすぐな瞳。
 それを合図にしたように、悠貴は滑り出した。
 
 動画で見たものとは違う演技のようで、また雰囲気の違うものだった。
 音楽はないけれど、少し早めの曲調なんじゃないかということが伺える。

「これ、動画でみた演目とは違う……?」

 動画では、ゆったりとした誘うように艶やかな振り付けだったのに対して、今回は少し挑戦的な感じがした。

 現役時代の危な気だったさまよう視線は、今ではしっかりと一点を見据えている。
 不確かで弱々しい瞳でお客さんの目を奪うのではなく、力強いまっすぐな瞳で見るものの目を離さないのだ。

 観客が私しかいないからだけど、たまにこちらを見ながら演技しているような気がして、その度に気持ちが高揚した。

 ステップも滑るスピードも速い。

 手足の末端までしなやかな動きは健在で、ただそれをピタッと止める動きを加えることでメリハリが生まれて、見ているこちらもドキドキする。

 着ているものも衣装ではなくラフな普段着なのに、それが気にならないほど動きで魅了される。

 スケートに詳しいわけじゃないし見慣れているわけじゃないけど、前に見た動画の演技より格段に上手になっている気がした。
 そして、スケートが好きなんだなという思いや楽しさが、これでもかという程伝わってくる。

 こんなに寒いと思っていたのに、興奮して体が熱くなった。

 悠貴が大きく余裕を持たせて滑り出す。
 動画でも何度か見たその動きに、ジャンプするんだと確信して思わず拳を握った。
 
 頑張れと心の中で祈る。
 
 しかし、悠貴は着地に失敗して盛大に転んでしまった。
 薄い氷が削れて、ダイヤモンドダストがキラリと舞う。

「あっ……」

 思わず声が出てしまう。
 仕切りがなければ、駆け寄っていたところだ。

 しかし、悠貴はすぐに立ち上がって演技を再開させたのだった。
 失敗しても先ほどまでのまっすぐで力強い表情を崩さない悠貴に、安心しながら少し涙が出そうになった。

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