婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています

 悠貴にはやっぱり噛み癖があると思う。

 基本的には甘噛みだからいいんだけど。
 たまに加減を忘れてしまうのか、ピリッと肌が痛むことがある。

「いっ……!」

 ソファでクタクタになるほどキスをして、抱っこされてベッドに移動してきた。

「はる……き、それやめて、って」

 押しつぶすように背中にのしかかってきた悠貴に、首の後ろを容赦なく歯を立てられた。

「ん、痛かった?」

 うなじに唇をつけたままごにょごにょと喋られて、それが気持ちよくて喉をのけぞらせてしまう。

「ごめん」

 熱い手が前に回ってきて、ぎゅうと抱きしめられる。
 抱きしめられているというより、頑丈な縄で絞められている感覚だ。

 ただでさえ筋肉のある悠貴にそんなことをされたら……。
 重いし、苦しい。

 もう一度抗議の声を上げようとしたところで、悠貴の小さな声が耳に届く。

「やっと、やっとなんだ……」

 私に言った言葉というより、心の声が自然に出てしまったという感じだった。

 震える声と腕に、キュッと胸が締め付けられる。

 額をぐりぐりと押し付けてくる悠貴を、今すぐに「大丈夫だよ」と包みたくなる。
 そういうことをしようとしているのに、そんな中でこんなに優しい気持ちになったのは初めてだ。

 前に「痛くしないから」とか言っていたのは、かっこつけていただけなのかもしれない。

「悠貴」

 穏やかに名前を呼ぶと、腕の力が緩んだ。
 身をよじって、彼の隣に沿うようにくっつく。

 薄く水の膜の張った揺らめく瞳。

 そんな目を見たら、彼のことを存分に甘やかしてしまいたくなってしまった。

「したいこと、なんでもしていいよ」

 そう言って手を伸ばすと、黙り込んでいた悠貴の目が見開かれた。

「ちゃんと受けとめるから」

 彼は悔しそうに顔を歪ませると、珍しく拗ねたような声を上げた。

「……ずるい、大人ぶるの」
「全部欲しいだけだよ、悠貴の全部」
「……言われなくても、そのつもり」
 
 炎がパチパチと燃える音は、いつの間にか聞こえなくなっていた。
 静寂とともに、暖炉を頼りにしていた部屋の灯りも消えていく。
 窓から差す白い月明りだけが、私たちの世界に入り込んでいた。

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