婚約破棄されたぽちゃOL、 元スケーターの年下ジムトレーナーに翻弄されています
3月の青空は、寒さが和らいで少し柔らかく見える。
ジムの屋上。
テラスにあるベンチに並んで座った私と悠貴は、無事発売されたわが社の新商品、ダイエッター向けのドーナツを食べていた。
「美味い」
「……ほんと? 良かった」
「なに、自信あったんじゃなかったの?」
「それは、そうだけど」
悠貴のお母さんのドーナツには敵わないのはわかっていたから、なんとなく緊張してしまった。
「売れ行きも好調でね。理世も張り切って色んなお店に営業かけてくれて、置いてくれる店舗もだいぶ増えたの」
「……あの人、ビジネスチャンスは絶対逃さなそうだもんな」
長野から帰って来てしばらくした後。
会社に迎えに来てくれた悠貴とたまたま会った理世が「なるほど、君が瑠衣を振り回してる大型犬ね」と言い放ったのは記憶に新しい。
新商品の売れ行きが良いおかげか、瑠衣も4月から昇進が決まった。
「次はどんなお菓子がいいかな。里芋シリーズを推そうと思ってるんだけど……ジムと共同開発なんてできたら、双方にとっても良い宣伝になるんじゃないかなー、と」
「いいかもな。偉い人に伝えておく」
「自分じゃん」
反応に困る返答を一蹴して、ドーナツにかじりつく。
里芋の自然な甘さと、もっちりとした食感が美味しい。
「今の瑠衣さん、良いと思う」
「……え?」
「トレーニング頑張って自信ついて、仕事もバリバリ頑張って」
唐突に素直に褒められて、さっきよりも反応に困ってしまう。
「あ、ありがとう」
「まあ全部俺のおかげだけど」
フッと笑う悠貴の頭を、手を伸ばしてくしゃくしゃと撫でる。
「そうだね、ありがとうね」
「……やめろ年下扱い」
ふい、とそっぽを向いた悠貴がかわいくて、頬が緩む。
翻弄されっぱなしの私だったけど、最近は少し彼の扱い方がわかってきた。
悠貴の思いを尊重しひとりでカナダに帰ることになったアンナさんは「いい? 瑠衣。悠貴はこう扱うのよ」と連絡をくれるようになった。
悠貴にとって、私とアンナさんが仲良くするのは複雑らしい。
アンナさんが私にあることないこと話したり、弱点を共有されたりするのを懸念しているみたいだ。
「瑠衣さん、口元」
「え?」
「ドーナツ、ついてる」
そう言いながら悠貴の顔が近づいてきて、思わず目をつむった。
――キスされる。
と思ったのに、触れるか触れないかのところでピタッと止まったのが気配でわかる。
あまりの至近距離に動くこともできず、プルプルと震えているとクツクツと笑う声が聞こえてきた。
離れていった気配に目を開けると、案の定悠貴は静かに笑っていた。
「もう! 遊ばないでよ」
今度は私が顔を背ける番だった。
「ごめん」
全然悪いと思っていなさそうな声だ。
近づいてきた悠貴に顎をそっと掴まれる。
そのまま彼の方に顔を向けさせられたと思ったら、今度こそぶつかるようにキスをされる。
「帰ったらいっぱいシよう?」
耳元で囁かれて、カッと顔が熱くなる。
やっぱり、私はまだまだ彼に翻弄される運命なのかもしれない。
かわいくて生意気で優しい恋人は、そんな私の反応を見てまた笑ったのだった。