スランプ作家と桜のアリス
1st Day
今……キスした……
眼下にニューヨークの夜景が広がる中で、柊さんとキスをしてしまった。いや、キスをされた、が正しい言い方かもしれない。
理解が追い付かない間に次の言葉が降ってきた。
「このまま、ニューヨークで暮らさない?」
何を言っているのか全くわからない。思考停止して、眉間にしわを寄せて柊さんを見る。
「もし日本に帰るのが、職場に戻るのが辛いなら……辞めてこっちに住んじゃえばいい。俺の家の部屋余ってるし、紡ちゃんの語学力なら生活はできるだろうし、俺も教えるし。そしてゆくゆくはこっちで働けばいい。バイトでも、看護師としてでも好きな道を選べばいい」
「何言って……」
「そんな辛い顔するくらいなら、こっちに居ればいいってこと。日本にいることだけが正解じゃないよ」
「なんでそんなこと……」
何を言っているのだろうか、この人は。
けれど私にも1つだけわかることがある。それは、彼は冗談を言っているわけでもなく、いたって真剣だということ。
「ごめん、ちょっといじわるな言い方したね。困らせたかったわけじゃないんだ」
「ねえ、正面に見えるあのきれいな建物知ってる?」
「え?」
「エンパイアステートビル。このロックフェラーセンターと並んで展望台が人気で、俺はニューヨークと言ったら思い浮かぶビルなんだ。でもなんで今日こっちに来たかって言うと、こっちからじゃないとエンパイアステートビルが見えないから。エンパイアステートビルからはエンパイアステートビルは見えない」
「……?」
「何が言いたいかってね、そんな辛いなら、一度外に出て外から改めて見てみる。そういう道だってあるよってこと。そしてその道が不安なら、俺がついてるよってこと」
「なんでそんな……」
「ん?好きだから」
「え……」
柊さんは体ごとこちらに向き直して、私の髪をひと束だけ手で掬う。
「好きだよ」
昼間とは違い少し冷たい風が柊さんの前髪を揺らす。
その隙間から見える瞳は真剣で、私の顔を映していた。
「でも……会ったばかりで……」
「うん。だから紡ちゃんがこっちにいる1週間、そばに居てもいい?」
「え?」
「少しでも一緒に居たいのと、もっと紡ちゃんのこと知りたい。そして紡ちゃんにも俺のことよく知って欲しい。その上で……」
「もし紡ちゃんの中で結論が出たら、最終日、ワシントンの桜を見に行って、その時に教えて欲しい」