恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜

キスくらい、出来るし

バーを出たあとは、駅までの人気のない裏通りを、ふたり並んで歩いた。


湿度を含んだ風が頬をなでて、熱を少しずつ冷ましていく。


さっきまでの空気が、どこか嘘みたいに静かだった。



「……泣かせて、悪かったな」



急に黒瀬がぽつりと呟く。



「もう、その話終わったじゃん」

「だって、思ったより効いてたっぽいし」

「うるさい。……あれは、ただの酔いのせい」



言い訳みたいにそう言ったのに、
胸の奥ではまだ、黒瀬の言葉が熱を持っていた。



———-なぜだろう。



このまま、素直に“じゃあ、またね”って別れたくない。


寂しいから?


叶わない片想いがつらくなったから?


それとも──


自分でも、答えはよくわからなかった。
ふと、わたしは立ち止まる。



「……ねえ、黒瀬くん」

「ん?」


振り向いた彼の顔を見上げた瞬間、
思考より先に、身体が動いた。


長身の彼のネクタイをくいっと引き寄せ、背伸びをして


──キス。


そっと触れるような、ほんの一瞬の口づけ。


けれど、それはたしかに“わたし”からしたものだった。



目を丸くして固まる黒瀬くんに、ほんの少しだけ優越感。


「……ほら。わたしだって、キスくらいできるし」


震えない声で言えたのは、たぶん意地。



「ちゃんと大人の女性なんだからね」



そう、冗談みたいに笑ってごまかした。



けど──次の瞬間だった。



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