恋はあの人に、堕ちたのは君に。〜今日も意地悪な同期の腕の中で〜
「──っ、……ごめん」

「……へ?」

「なんか……無神経なこと、言った」


そう言いながら、黒瀬くんがそっと、指先で私の頬に触れる。


流れた涙を、指先でやさしく拭う。

その仕草があまりにも優しくて、目を見開く。


「……泣くなよ、そんなことで」


低くて、ほんの少し掠れた声。


「……だって、」


何が“だって”なのか、自分でもうまく言葉にならなかった。



たぶん、今日いろんなことが積もりに積もって、心が限界だっただけ。


だけど──そのとき、黒瀬くんがふいに言った。


「佐伯ってさ。ちゃんと魅力あるよ」

「……え」

「お前って、がんばり屋だし。真面目で、ちょっと不器用で。でも、なんか放っとけなくて、ずっと見てたくなる」

「……」

「それに、お前の裏表なくて、素直で、まっすぐなとこ……すげーなって、思う」

「……え、なにそれ」

「……なにって、普段思ってること言っただけ」



目が合った。



さっきまでと同じ顔なのに、
いつもとはまったく違う空気をまとっていた。



「黒瀬くん……今日、やっぱりなんか、おかしくない?」

「……そうか?」

「うん。優しいし、からかってこないし、まっすぐなこと言うし……」

「じゃあ、普段はどうなんだよ」

「……腹立つくらい、意地悪」

「おい」



ふたりして、ふっと笑った。


さっきまでの涙が嘘みたいに、空気が柔らかくなる。


「──ありがとね。黒瀬くん」

「ん、なんもしてねーし。……てか、泣かせたの俺だしな」

「でも、今の言葉は、嬉しかった」


ちょっとだけ照れながらそう言うと、
黒瀬くんは、頭をぽんと軽く叩いた。


「じゃ、チャラってことで」

「チャラじゃないし」

「だめ?」

「……ちょっとだけなら、許す」

「お、今日は甘いな」

「……うるさい」


お酒より、少しだけ熱くなる鼓動を感じながら。
いつもと違う夜は、静かに、ゆっくりと更けていった。
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