ハニートラップ

――――
――……

――胸が痛い。

ずっと全力疾走してるから、喉から鉄の味が込み上げてくる。
河川敷はとうに抜けて、迷路の様な住宅街をがむしゃらに走って、とにかく家まで足を止めない。

止まったらもう、2度と動けなくなる気がする。
喉も胸も擦り切れそうで、唇も乾いてきたけどそれでも前だけ見る様にした。

家に着くと、乱暴に玄関を開けて階段を駆け上がる。

「姉ちゃん!待って!」

半拍遅れて咲が入ってきたけど、逃げ切る。
自室に入って咲の鼻先でドアを閉めた。

――しん、と静かな部屋。
背をつけたドアは咲が叩くせいで振動している。

「……――っう、」

ガクンと膝から崩れ落ちて、その場にへたり込む。
そしたら、堰を切ったように全身が震え出した。

「……ひっ、く、…」


目が熱くなって、一瞬で頬がびしょ濡れになる。
声が出ない様に痛いほど唇を噛み締めた。


涙を止めたくて、目を瞑っても止まらない。
頬を伝うものが顎先に流れ落ちて、ぽたぽたと握った手に落ちていった。

心臓が抉れて潰れそう。
上手く息もできなくて、苦しい。


――失恋って、こんなに悲しいものだったっけ?


1人で声を押し殺して、服を握り締めて悲しみを受け止め続ける。

感情が暴走する頭の片隅で、ふっと、泣きながら高峰くんとキスをした日がフラッシュバックした。


『キスしていい?呼水さん。』


高峰くんの体温と、執拗で優しいあの柔らかい感触を今でも鮮明に思い出す。


「……高峰、くん……!」


腑に落ちたら、余計に涙が溢れてきた。

――ああ、そっか。

最初の失恋の時は、
高峰くんが隣にいたんだったね。

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