ハニートラップ
phase:38 逆流
深夜の繁華街。
存在を誇示するような派手な風貌の集団と、下品な騒ぎ声。
煙草とか香水とか、色んなものが混じる不純な臭い。
珠桜と出会う前に、あっという間に逆戻りした。
“今日相手して”
そう言う条件だったから、一晩付き合ってやったのに。
珠桜と鉢合わせた直後、杏奈はそれをあっさり翻してきた。
『やっぱ、1回じゃ釣り合わないなぁ。
――付き合ってよ、私と。』
人の弱みを握って下衆に歪んだ笑顔。
「あ、ちなみに。
呼水珠桜ちゃんとはもう関わらないでね?」
“さもないと珠桜に危害を加える”
そんな圧に、俺は黙ってしまった。
騒音のような馬鹿話を遠くに聞きながら、ネオンが掻き消す夜空をぼんやりと眺める。
学校に行く気も起きずにズルズルと流されていたら、いつのまにか春が終わっていた。
空っぽな夜をテキトーにやり過ごして、まだ寝静まる住宅街を独りで歩く。
――珠桜に触れた余韻を引き摺りながら、ダラダラ歩く帰り道が好きだった。
朝焼けが目に染みる。
家までの道が嫌になって、あまり家にも帰らなくなった。
(……珠桜……。)
もう珠桜に触れた余韻の残骸も残らない手を、未練がましく握りしめる。
会いたい。
1秒たりとも忘れられない。
脅されてさえなければ――
(……いや、脅されてなくても、か。)
あの朝の、傷付いた珠桜の顔を思い出して視界が翳る。
ぐずぐずに崩れそうだった目。
何か言おうとして開きかけた唇を、ギュッと結んで背を向けられた。
(また俺が、“そう”させた。)
解いて脱力した手の平を見れば、なんか汚れきっている気がした。