ハニートラップ
***
今が何時なのかもわからない薄暗い部屋。
パッと光ったスマホが映し出した時刻から、もう夕方なのだと知った。
「じゃ久哉。いい子にしててね?
――好きだよ。」
シャワーで痕跡を消して、華やかに着飾った杏奈がペットでも撫でるかのように俺の頭を一撫して家を出ていく。
“好き”
――ただの音でしかない空虚な言葉。
言った舌の根も乾かないうちに、その足で別の男のところに行ったのはわかってる。
しかも、それとは別に本命もいる。勘だけど。
まぁ、心底どうでもいい。
むしろ他所に行ってくれて都合がいい。
『冷めてる久哉が、必死になってるから面白いんじゃん?』
昨日の夜に俺に固執する理由を聞いた時の、杏奈の答えを思い出す。
換気もされない淀んだ部屋の空気が、肺に絡みつく。
舌打ちして、逃げるみたいに足音を荒げて部屋を出た。