ハニートラップ
終業式を終えた放課後。
「珠桜!いいもの手に入れた!」
教室で私と千歳ちゃんが話しているところに、明るい顔をした俊平が飛び込んできた。
その手には、分厚いA4サイズの封筒。
それから、一枚のメモ紙を私に差し出してきた。
“西町2丁目……”
この強い字のクセは、数学の教科担任――俊平のクラス担任の走り書き。
千歳ちゃんも私の隣で不思議そうにメモを眺めている。
「なにこれ、どこの住所?」
私が訝しげに首を捻ると、俊平は得意そうな笑みを更に深める。
「聞いて驚け!
――久哉の家の、だ。」
名前を聞いた瞬間、胸の奥がひくりとした。
言葉を失った私の背中を、千歳ちゃんがそっと撫でる。
その手には僅かに汗が滲んでいた。
「どうして俊平くんが、それを持ってるの?」
千歳ちゃんが勤めて穏やかに、私の心を代弁する。
空気の読めない俊平は、まだ得意顔だ。
「担任に、久哉が休んでる間のプリント届けてこいって頼まれてさぁ。
だったらそれ、珠桜がやった方がいいんじゃね?って!」
バクバクと胸の音が大きくなる。
止まっていた時間が突然動き出したみたいな感覚。
千歳ちゃんは咎めるように眉を顰めて、俊平を嗜める。
「俊平くんが頼まれたんでしょ!
面倒だからって珠桜ちゃんに押し付けないでよ。」
私が引き戻されそうになってるのを、止めようとしているかのよう。
「ちーがうって!」
私が固まっている間にも、2人の応酬は続く。
「……珠桜がずっと落ち込んでるから!
だったらさっさと会って仲直りすりゃいいだろって思ったの!」
自分すらも騙した強がりの嘘を、俊平に見抜かれた。
瞬間、何重にも張り続けた防護壁が崩れ落ちる音がした。
無意識にメモを握る手に力が籠る。
千歳ちゃんの顔に“もうダメだ”と言う諦観が浮かんだ。
「行ってこいよ、珠桜。」
明るい俊平の笑顔が、私の背中を押す。
気付けば差し出された封筒を受け取って、小さく頷いていた。