ハニートラップ
抜け道を半分も行かないうちに、ダン、と真後ろで足音が踏み込んだ音に変わって、乱暴に腕を引かれて捕まった。
「捕まえたー。足速いね〜。」
私の腕を簡単に一周する大きくてザラついた手の感触に、全身が凍りつく。
「――……っや、め……!」
大きな声を出さないと。
助かるための正解はわかるのに、喉が痙攣して声が出ない。
(――怖い……!)
不敵に笑う男の顔を見ながら、ハッハと息継ぎにもなってない浅い呼吸を繰り返す。
誰か通ってと偶然に縋りながら、引っ張られるのをギリギリ踏ん張って抵抗して時間を稼ぐことしかできなかった。
「あー、面倒くさ。
ほら、大人しくしようね。珠ー桜ちゃん?」
私の腕を掴んでいる男が、空いた手で私の両頬を鷲掴みにして捕まえる。
ざわざわと全身に悪寒が走って、恐怖で目を見開いたまま固まった。
ニヤニヤとねちっこく絡みつくような顔が目の前まで迫ってくる。
涙で視界が滲んできた時だった。
――ドッと鋭いのに鈍い衝突音が聞こえて、目の前の男がよろけて私から手を離す。
次に目の前に飛び込んできたのは、暗闇でもわかるお月様みたいなブロンドの髪と、綺麗な横顔。
――高峰くんだ。
急に安心して視界が滲む。
息を切らせた高峰くんが、男を蹴り付けた足を下ろして鬼気迫る顔で私を見た。
「走れ!珠桜!」
高峰くんはそのまま側にいたもう1人を思いっきり殴りつける。
目の前の状況に現実味が湧かなくて、地面に足が張り付いて離れない。
よろけた男が目を血走らせて立ち上がる。
感情的な拳が高峰くんの背後に迫った。
「早く!!」
乱闘の中必死に叫ぶ声にハッとして、反射的に走り出す。
そのまま走り抜けることもできそうだったのに、聞いたこともない容赦なく人を殴る打撃音にビクリとして振り返ってしまった。