ハニートラップ

高峰くんは怒っている。
目は鋭く細まって、眉はこれ以上なく寄っている。
私の腕を掴む手も、肌に食い込んで少し痛い。

「ちゃんと答えて。」

――でも、なんで。

苦しそうなんだろう?


「……出る、けど、
……それが何か?」

なぜか気まずくなって目を逸らす。

高峰くんの口からギリ、と歯噛みする音。
それと同時に、腕から離れた手が顔の真横のドアを打った。

「出ないで、珠桜。」

手をついた衝撃で古いドアが軋む。

冷たいのに、熱が燻る高峰くんの目に心が揺れる。
高峰くんの感情はわからない、けど。


些細なことで怒って、私を支配しようとする。

――玩具を取られた子供みたい。

それが1番しっくりくる答えだった。

「……高峰くんに命令されることじゃない。」

辿り着いた結論が悲しい。
だから、強がって反発した。

「付き合ってるわけでもないのに。」

視線が揺れないように、真っ直ぐ高峰くんを見る。

ずっと鋭かった高峰くんの目が大きくなった。
瞬間、口元だけが妖しく吊り上がる。

「じゃあ――
俺と付き合えば、珠桜はやめてくれるわけ?」

――心臓がキーンと冷えた。
強く保っていた視点が震えて、サッと血の気が引いていく。

(……これじゃ、本当に“物”扱いだ。)

胸の奥が、ぎゅっと潰れたみたいに息が詰まる。

その言葉は、こんな形では欲しくなかった。


「そういう意味で言ったんじゃない。」

自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。

真上にいる高峰くんは、まだ笑っている。
なのに吐き出す息は、少し震えている気がした。


「……へぇ?好きにすれば?」

張り詰めていた高峰くんの空気が緩む。
綺麗な顔がふい、と横を向いて、私から離れていく。

「――あ、」

なぜか焦って、手が高峰くんに向かって伸びかけるけど指が動くだけに留まる。
迷っているうちに、高峰くんは反対側のドアから出ていってしまった。

生温かい室温が戻る。
ズルズルとその場にへたり込んで、長い溜息を吐いた。

「……わかんないよ、高峰くん。」

冷たく見えるのに、苦しそうな顔が頭から離れない。

言葉にできない感情を残して、もうすぐ波乱の体育祭が始まる。

< 73 / 162 >

この作品をシェア

pagetop