ハニートラップ
――放課後を告げるチャイムが鳴ってすぐ、高峰くんが私の教室にやってきた。
「珠桜。」
教室の雰囲気が、私達に耳をそば立てる静かな緊張感に包まれる。
これでも大分緩んだ方だ。
数日前は葬式みたいな静かさだったのに、中断された談笑がすぐ再開されるようになったから。
心配そうに私を目で追うマキと、恨めしそうに唇を尖らせるミナの前を見ないようにしながら通り過ぎ、高峰くんの元に駆け寄る。
「帰ろ、珠桜。」
「うん。」
ここでやっと息ができるようになって、私はふにゃりと笑った。
***
日が落ちるのが早くなった帰り道を、2人で歩く。
これは、私の家に向かう方向。
(高峰くんの家はどこなんだろう?)
わからないけど、家の前まで送ってくれる。
高峰くんは私の手を取ったり、取らなかったり。
そこはその日の気まぐれ。
たまに指同士が掠めると、もどかしくなってわずかに眉が寄る。
ドキドキしながら高峰くんの指先を掴むと、綺麗な横顔が満足そうに微笑んだ。
「そういえば珠桜、最近1人じゃない?移動教室とか。」
温い沈黙を破る一発目に、高峰くんがぶち込んできた。
――気付かれていた。
ドキッとして、私の顔に緊張が浮かぶ。
高峰くんは私の言葉を待つように、じっと私を見下ろしている。
「あー、うん。まぁ、ちょっと……ね。」
何をどう言っていいかわからなくて、視線を足元に移して曖昧に頷く。
後ろに長く伸びた影が、自責の念を表しているかのようだ。
遅くなった私の足取りに気づいて、高峰くんはその場で足を止めた。
狭い路地の端。
すぐそこを車が通り過ぎていった。
「喧嘩?」
「う――ん…?」
ちょっと違うような。
答えに迷っていると、ゆっくりと手が伸びてくる。
「――まぁ、そんなもんだよ。友達なんて。」
高峰くんがふわりと私の頭を撫でる。
彼らしい淡白で、情の薄い言葉。
でも手つきは優しくて、心がふっと軽くなる。
……多分、励ましのつもりなんだろうな。
「ありがとう高峰くん。ちょっと元気出た。」
「ううん?どういたしまして。」
肩を竦めて笑う私に、高峰くんも笑い返す。
――この時の私は知らなかった。
これが励ましじゃないことも、
昼休みは密会なのに、放課後だけは私を迎えに来ることも。
全部高峰くんの策略で、
私は彼の手の中にいたってことを。