確変令嬢は幸運ルートを確定させる
私、安達桃香、21歳。今日は大好きな乙女ゲームの新作の発売日だったから、大学の授業はそっちのけで買いに行って無事ゲットして、その帰り……何ここ? 真っ白で何も見えない……。
眩しさに目が慣れてきて、目の前にそれはそれは美しい女性が杖のようなものを持って立っていることに気づく。
「我が名は運命の女神フォルトゥーナ。安土桃香さん、あなたはトラックに轢かれて亡くなりました」
は……? いやちょっと待って、聞いてない。
――いや、でも確かに轢かれたような気もする……。
帰り道、浮かれていて赤信号に気づかず横断歩道を渡り――そしたらトラックが迫ってきて、逃げられずに轢かれたんだ。そうだ、つまり私は死んだってことになる。
「でも、あまりにも可哀想なので、あなたには異世界に転生する権限を与えます」
「て、転生!?」
「はい。その世界に生きる『ユリア・ヘルトリング』に転生するのです」
いろんな作品で出てきた「異世界転生」という心踊るワードに、私はすぐに返事をした。
「転生します!」
「ただし――条件があります」
「へ?」
「転生する権限を与える代わりに、『ユリア・ヘルトリング』の悲しき運命を変えてあげてほしいのです。そのために役立つ加護も与えます。では、行ってらっしゃい」
え? いやちょっと待ってよ、条件があるなら行くかどうかは考えるって――。
そう答えようとしたが、私は気づいたときには、「ユリア・ヘルトリング」に転生していた。
✳︎
鏡で自分の姿を見て、今一度名前を口に出してみて、気づく。ユリア・ヘルトリングは、前世で結構前にハマっていた乙女ゲーム『ロイヤル・ローズ・アカデミア』の悪役令嬢だ。
平民だが魔法を使えたため、特例で王立学園に入学した主人公、マリー・ショルツは、さまざまなイベントを通して、イケメンたちの好感度を上げていく。その彼女が王子を攻略する際にことごとく邪魔してくる王子の婚約者の名前が、ユリア・ヘルトリングだったのだ。
瞬時に、自分がいわゆる「破滅エンド」に刻々と向かって行っていることを悟った。確か原作では、すぐ近くに迫っている学園卒業パーティーでユリアはカール王子に婚約破棄を告げられ、国外追放されてしまう。
これは、なんとしてでも避けなければならい。絶対に破滅したくない。国外追放イコール不幸。
鏡の自分を見つめ、しかと心に決める。絶対に回避してやる、と。
突然、目の前にゲームのウィンドウのようなものが現れた。
【チュートリアルを始めますか? はい/いいえ】
――何これ?
よくわからないままに、とりあえず「はい」を押してみる。すると、別のメッセージが出てきた。
【確率ステータス 今朝落としたイヤリングが手元に戻ってくる確率:2%】
【確率変動カード 🃏🃏🃏】
今朝落としたイヤリング……? と疑問に思ってユリアの記憶を辿ると、学園に行く際は身につけていた月モチーフのイヤリングが、学園に着くと片方失くなっていたのだった。
何もしなければイヤリングは2%の確率で戻ってくるということ? それはほとんど戻ってこないと言われているようなものだ。
「確率変動カード」という項目がチカチカ光っている。試しにそこをタップしてみると、説明が表示された。
【確率変動カードは、初期状態で3枚配布されます。確率を変えたい選択肢に対してカードを使うと、確率変動が発動。選択した未来は、あなたにとって最も都合のいい結果へと収束し、成功率は80〜100%に上昇します。カードの自動補充は、半年に1回。また、一部の特殊イベントでは、追加でカードを獲得できる場合もあります。使い方は、確率表示の選択肢を選んで "Change the Fate" と唱えるだけです。】
説明を何度か繰り返し読んでみて、徐々に理解する。これ、とんでもない神スキルじゃないか――?
つまり、今回のイヤリングの選択肢に確変カードを使用すると、私が望んでいる結果「イヤリングが戻ってくる」の確率が80〜100%になるということ。
【ちなみに、チュートリアルで確率変動カードを使っても、初期状態のカード枚数は減りません。】
ありがたいことに、私は何の代償を払うこともなく、自分の運命を変えてイヤリングをゲットできるのだ。これは使うしかない!
確率ステータスに戻り、2%という表示をタップする。
「Change the Fate」
私が呟くように唱えると、ウィンドウはピカピカ光り出し、確率表示が変わる。結果は――90%!
【チュートリアルを終了します。】
これでもしイヤリングが戻ってきたら、私はとんでもないスキルを手に入れたことになる。あとは使い所を見極めて、ここぞというときに出したら……破滅エンド回避間違いなし!
希望を見出した喜びを噛み締めていると、しばらくしてメイドが部屋に入ってきた。焦ったように口を開く。
「ユリアお嬢様! 先ほど、屋敷を掃除していた者から、お嬢様のイヤリングを拾ったとこちらを渡されまして。少々汚れていたので綺麗にしたのですが、大丈夫でしょうか」
――来た。
メイドからイヤリングを受け取って確認してみると、傷などは一切ついていない。
「大丈夫よ。ありがとう」
メイドは、見つかってよかったです、と言って下がっていった。
やっぱり、これは紛れもない神スキルだ。これさえあれば勝ちの目が見える……!
私は部屋でひとり、大きくガッツポーズをした。
✳︎
翌日。学園に登校し、あくまでいつも通りのユリアとして振る舞う。
ゲームの知識と照らし合わせると、ユリアはこのリーデルシュタイン王国の公爵家、ヘルトリング家の長女。つまり公爵令嬢だ。立ち居振る舞いには品が求められる。
前世の私に品性など皆無。行動はガサツ、口を開けばオタク特有の早口解説が飛び出るような下品の権化だった。そんな私が公爵令嬢らしい振る舞いをするだなんて不安しかない。
だが、ありがたいことに、頭にはユリアの頃の記憶がしっかり残っているし、体は勝手にそれらしい振る舞いをしてくれる。――ありがとう、ユリア。きっと素晴らしくお上品なご令嬢なのね。悪役だけれど。
そういえば、ユリアの記憶を辿ってみても、悪役令嬢らしき意地悪をした記憶が全くない。原作では、主人公マリーに対して、道を塞いだり学園の仕事を押し付けたり、とにかく酷い悪役だった。でも、この世界のユリアはそんなことはしていないようだ。どうやって断罪を……?
「ユリア様、教材を落とされましたよ?」
「あら?」
学園の最上位クラスにあまり馴染めていないミアという令嬢が、私が落とした教材を拾ってくれた。返事をして受け取ろうとすると、確率表示ウィンドウが現れる。
【ミアに笑いかけ、感謝を述べる:好感度UP率83% 真顔のまま、黙って受け取る:好感度DOWN率95%】
いや、誰がこの確率で黙って受け取るというの!? っていうかそもそもこの状況で感謝を述べないとか、人間としてどうなの?
もちろん前者を選び、笑いかけて感謝を述べて教材を受け取る。ミアは恥ずかしそうに顔を赤らめた。ウィンドウの表示が変化する。
【好感度ステータス ミアとの友情:64%】
なるほど。これはつまり、人間関係のステータスも見ることができるということだ。他の人も見られるのかな?
【オリヴィアとの友情:89% リタとの友情:79% イグナーツの好感度:26% ディーターの好感度:62%】
どうやら、女性は友情が、男性は好感度が表示されるらしい。本格的に乙女ゲームみたいになってきた。
取り巻きであるオリヴィアとリタの友情はそれなりに高いようだ。安心である。イグナーツはたまたま近くにいた婚約者持ちのクラスメイト。そりゃあ、低くて当たり前。
そんなとき、廊下が騒がしくなる。すぐに誰が来たか察した。
「まあ! カール殿下、今日もユリア様ではなく、マリー様とご一緒なさってるわ」
「ユリア様がお可哀想だわ……」
そんなヒソヒソ声も聞こえてくる。案の定、王国の王太子カール殿下と、彼の腕に自らの腕を絡ませている、原作主人公マリー・ショルツが廊下を歩いてきた。
「あら、ユリア様がいらっしゃるわ! わたくし、また虐められてしまうかも……殿下、早く通り過ぎましょう?」
「大丈夫だ。俺が隣にいる。ユリアなど敵にもならん。だが、お前が嫌な気持ちになるのはいけない、早く行こうではないか」
試しに二人のステータスを見てみる。予想通りの結果が出た。
【カールの好感度:0% マリーとの友情:0%】
――ここまではっきりと破滅フラグが立っていると、逆に燃えてきますわね……。
もう私は心も体もユリア・ヘルトリングだ。これからは思考もお嬢様言葉で行きたい。
【カールに話しかけ、マリーを虐めたことはないと訴える:成功率7% カールに泣きつく:成功率1%】
当たり前だ。こんなところで好感度を上げようとするほど、私はバカじゃない。確変カードだって、貴重なものだ。今はまだ、使うべきじゃない。
――待ってなさい、バカ王子。目に物見せて差し上げますわ!
✳︎
卒業パーティー当日。本来なら、婚約者持ちの令嬢は相手にエスコートされながら入場する。だが当然のように、王子は私のもとに来なかった。いつも一緒にいるオリヴィアもリタも、それぞれの婚約者にエスコートしてもらうため、今日は一緒には入場できない。
つまり、私はひとりで入らなければならないのだ。
「卒業生! ユリア・ヘルトリング公爵令嬢!」
名前を呼ばれ、会場の扉が開かれる。まばらな拍手の中、私はひとりで前に進む。噂をする声が聞こえてくる。
「殿下はマリー様をエスコートしていたもの。ユリア様はおひとりになってしまうわよね」
「でも、ユリア様はマリー様を虐めていらしたのでしょう? 仕方ないのではなくて?」
「それも本当のことはわからないわ。あのショルツ商会の娘でしょう?」
誰も真偽はわかっていないのだ。ただ噂だけが一人歩きしてしまっている。
――大丈夫よ。私には確変カードがあるもの! 絶対に破滅エンドを避けてみせるわ!
卒業生が入場し終わり、あたりが一度静寂に包まれる。ここぞとばかりに、王子が声を張り上げる。
「このめでたき日にひとつ発表をしよう!」
始まった。断罪パーティーね。
私はウィンドウを出して準備をする。
「私、カール・リーデルシュタインは今日をもって、ユリア・ヘルトリング公爵令嬢との婚約を破棄する! 理由はこのマリー・ショルツ令嬢へ陰湿で悪質な行為を繰り返したことによる。そして今日より、マリー嬢は私の新しい婚約者となる。つまりユリア! お前は未来の王妃に刃向かったということになる」
会場がざわめく。
――ああ、前世で親の顔よりも見た婚約破棄の断罪パーティー。実際に自分が言われる立場に立てるだなんて! こんなに貴重な経験はないわね。
私はニヤついて緩みそうになる頬を必死で抑え、なんとか真顔を保つ。
「罪状はここに書いてある通りだ! ――読み上げよ」
「はっ! まず1件目。本年5月9日放課後、西温室にて、マリー嬢がユリア嬢に相談を持ちかけたところ、ユリア嬢は彼女に対し侮辱的な暴言を浴びせ、さらには殿下に対する不敬発言までも行ったと証言されております。以降、ユリア嬢は度々マリー嬢を温室へ呼びつけ、罵倒と恫喝を繰り返したとのこと。また、当時ユリア嬢が務めていた生徒会役員としての書類業務、ならびに学園筆記課題の一部を強制的に肩代わりさせていたとの報告もございます。これらについて、温室の入室記録および内部を記録した映像魔術具の記録を証拠として提出いたします。次に同年10月6日、東階段にて、ユリア嬢はマリー嬢の足を引っかけ転倒させ、全治2週間の怪我を負わせた件。――以上の証をもって、ユリア・ヘルトリング嬢の陰湿かつ悪辣なる本性は明白であり、とても未来の王妃にふさわしき品位、徳操を備えているとは申し難い。よってここに、相応の処分が下されるべきと判断いたします」
王子の後ろに控えていた従者が高らかに罪状を読み上げる。もちろんだが、どの罪状にも身に覚えがない。しかし、空気感が徐々に変わっていく。
「本当なの? だとすればとても酷いわ」
「ユリア様って才色兼備の素敵なお方だと思っていましたのに」
「いくらショルツ商会の娘と言ったって、ここまで証拠が揃っていればもう……」
人とはそれらしい言葉を並べられてしまえば、簡単に信じてしまうのだ。誰かの主観で一人を悪者にすれば、その見方が正しいと思い込み始めてしまう。たとえ、それが真っ赤な嘘だったとしても。
私はウィンドウを眺めて、どこでカードを切るべきか考えていた。
【逆らわず受け入れる:生存率47%/未来の幸福度8% 抗議する:成功率0%/未来の幸福度2% 退席する:追放率100%/未来の幸福度0%】
――どれも笑ってしまうほど酷いわ。
ここで私が何も言わずに引き下がれば、ニブイチで死ぬ。偽装された証拠は偽装されたまま、周囲はそれに気づかず終わってしまう。でも、カードを使わずに抗議をしても成功率は0%……。それだけ、一度悪い人だとレッテルを貼られると、剥がすのは難しいということなのだろう。
使うなら、まだ証拠映像が流されていない、今、ココだ!
「ユリア、反論できないだろう。こちらには証拠があるのだからな。お前の悪事はすべて民衆にさらされる」
ニヤリと笑って、王子がこちらに振る。私は私でニヤリと笑い、ひとつの選択肢を押した人差し指をそのまま口元に持っていく。
「Change the Fate」
会場が水を打ったように静まり返る。すると、確率ステータスの表示が変わり……。
【抗議する:成功率100%/未来の幸福度100%】
――来た! 神引きだ!
「わたくし、ユリア・ヘルトリングは神に誓って、そのようなことは行っておりません。そもそも、わたくしがマリー様と直接お話をしたのは、生徒会の生徒活動調査のときだけですわ。温室で二人きりなど、一度も記憶にございません。わたくしには花を愛でる趣味はありませんの。放課後は基本生徒会室か図書館に篭りきりでしてよ。どこに温室でマリー様を虐める時間と余裕がございまして? 証拠をしっかりとお見せくださいまし」
「な、生意気な! おい、証拠をこの場の皆々様にお見せしてやれ」
「はっ!」
魔術具から温室の映像が浮かび上がる。マリーははっきり映っており、一方でユリアらしき人影は特徴的な銀髪が揺れてたまに映るくらいの画角で、姿のほとんどは草花に隠れている。背格好と髪色が一致しているくらいだ。話し声までは聞こえてこない。映像が進むにつれて、徐々にマリーの顔が泣きそうに歪み、最後にユリアらしき女性に紙束を押しつけられ、どさっと膝から崩れ落ちた。
「これが温室での様子だ。1回分しか捉えられていないが、このようなことが何度も繰り返し行われていたようだ。顔こそはっきり見えないが、銀髪でこれくらいの身長の女など、学園でお前しかいないだろう!」
「顔も見えない上に話の内容も聞こえませんわ。確かにわたくしは平均よりも身長が高いですが、少し身長が低い男性を変装させ、銀髪のかつらを使えばこれくらい簡単に録れるでしょう。わたくしである証拠にもならなければ、わたくしが虐めた証拠にもなりませんわ」
「そうやってしらを切るおつもりですか? わたくしはあれだけ苦しんだというのに……そんなのあんまりですわ」
マリーは目を潤ませて王子に縋りつく。そんな彼女を慈しむように引き寄せる王子。あたりは静寂が広がっている。
「では、これはどうだ」
次に東階段の映像が流れる。私が階段を上り、反対にマリーが下りてきているところを横から撮影しているようだ。足元は手すりの装飾に隠れて見えない。
ちょうどすれ違うとき、マリーは盛大に転び、叫びながら階段を転がり落ちかける。
「どうだ! すれ違った瞬間に転んだんだ、お前が足をかけたに違いない!」
王子の声は空に溶けて消えていく。皆の視線はまだ映像に釘づけだ。
「なぜだ? なぜ続いている? 動画を止めろ!」
「と、止まりません! そもそも録画はここまでのはずで……」
映像内のユリアは転んだマリーに手を差し伸べ、立ち上がらせている。
――確変の影響で、魔術具が暴走している!?
『怪我はなくて?』
『ええ……』
困惑したマリーに微笑みかけ、ユリアは立ち去って行った。そのユリアをキッと睨みつけるマリー。
会場の人々は徐々にざわめき出す。困惑するのも当然だろう、つい先ほどまで悪者とされていた令嬢は全くもって悪者ではなかったのだから。
しかも、問題はそれだけではなかった。
映像はまだまだ続くようだ。従者が頑張って止めようとしたり壊そうとしたりしているが、うまくいかないらしい。
階段に突っ立っているマリーの元へ、王子が近寄ってきて話し始めた。
『うまくいったな。あの女との婚約破棄の材料もそろってきた。あとはうまいこと編集させれば……』
『ええ。――ところで殿下、以前お話ししたものはご準備いただけまして?』
『ああ、緋薔薇のペンダントだろう? もちろんだ。地下宝物庫の鍵を使って部下と一緒に取ってきた。あとで渡そう。あれは……お前に似合うだろうな』
『証拠の方は……?』
『聞くまでもないだろう。鍵は誰にもバレないように掻っ攫ってきた。部下には口止め料も弾んだ。絶対に漏れるまい」
『うふふ。用意周到なこと。カール殿下はやっぱり、本当に素晴らしいお方ですわ』
『当然のことだ』
――まさか、ここまでうまくいくだなんて。ああ、なんて素晴らしいスキルを手に入れてしまったのでしょう!
王子の顔は真っ青を通り越して土気色になっている。
「殿下は国庫の宝飾品を勝手に持ち出したということですの!?」
「王国の財産の私財化ではないか! 公金の横領だぞ!」
「それに、緋薔薇のペンダントといえば……」
「ああ、あの伝説の禁呪具だ! 国家転覆が可能として国庫に厳重に保管されていたという……!」
オーディエンスが一気に騒ぎ立てる。
――これが確変カードの真の力……証拠の偽装を暴くだけでも十分でしたのに。でも、これで心置きなく「断罪返し」ができますわ。
「さて、裁かれるべきは果たしてどちらでしょう?」
「黙れ黙れ黙れ! 王位継承権のある私に楯突くやつは全員死刑だ!」
焦った王子は、頭のおかしいことを言い始める。だが、それも一瞬で終わった。
「カール、お前は自分が何をしたのかわかっているのか」
豪華な冠が煌めき、緋色のマントが重々しく床を引きずる。国王の登場だ。皆が慌てて最上の礼をする。
「ひいぃ! 父上、違うのです、私は決してこのようなことは……」
「ほう、では今し方国庫に真偽を確かめに行った者の報告を待とうではないか。――ときに、ユリア・ヘルトリング。そなたには我が愚息が迷惑をかけた。まさかここまで愚かとは思わなんだ」
「恐れながら、陛下。わたくしは迷惑などひとつも受けてございません。真に迷惑を被ったのは、事実を捻じ曲げられたこの学園と、そして王家の名でありましょう。事が大きくなる前に明るみに出る機会を得たことこそ、幸運でございます」
最上の礼を保ったまま、失礼に当たらないよう慎重に言葉を選ぶ。
その折、会場に慌ただしく入ってきた者がひとり。国王の近くまで急ぎ、片膝をつく。
「陛下、ただいま国庫より戻りました。厳重保管されていたはずの緋薔薇のペンダントですが、所在を確認できませんでした。保管庫の封魔法には何者かの手が加わった形跡がございます。やはり、殿下の手によって持ち出されたことは確実かと……」
「うむ、よろしい。――反逆罪でマリー・ショルツを捕らえよ!」
国王は王子をまっすぐ見る。王子は慌てふためいて何かを喚いているが、何を言っているかまったくわからない。
「この場において、最も愚かであったのは、間違いなく我が愚息カールであろう。王国の権威を私物化し、国庫の宝飾品を持ち出すなど言語道断。よって、カール・リーデルシュタインより、王位継承権を即刻剥奪する!」
「な、父上、何を……」
「また、人を欺き王家を惑わせたマリー・ショルツ。王都に残せば禍根となろう。彼女には国外追放を命ずる」
「そ、そんな! 酷いですわ!」
「そしてユリア・ヘルトリング、面を上げよ。そなたには婚約破棄を受け入れてもらうことになるが……王家として、この清廉なる言動と勇気に報いる義務がある。望むものがあれば申せ。地位でも立場でも役職でもよい。そなたに相応の権限と地位を与えよう」
言われた通り、顔を上げる。威厳のある国王の姿に前世の私が身構えるが、ユリアの記憶が落ち着いた発言を呼び起こす。
そして、運命の女神からもらった神スキルが一番生きるであろう願いごとを口にした。
「謹んで申し上げます、陛下。この身には過分なるお言葉、痛み入ります。わたくしの願いはただ一つ。王国騎士団への入団をお許し頂きたく存じます。本来ならば、公爵家の令嬢が望むべき立場ではございません。しかし、わたくしは本学園で剣術に精を出して参りました。これから先もこれまで同様、いやそれ以上に鍛錬に力を入れ、いずれはこの国の秩序を護る力となりたいと考えております。性別という生まれながらにして授かったものに囚われず、国に尽くしたいというこの無礼……どうか、王国のための望みとしてお酌み取りくださいませ」
騎士団に入れば、この確変カードは最も輝くと思うのだ。それに、ユリアは学園で座学・魔法・剣術すべてにおいて最優秀の成績を修めているため、その知識を活かすのにも打ってつけだろう。
「うむ、望みは聞き届けた。そなたの類まれなる才能は余の耳にも届いておる。入団試験の受験資格を与え、合否審査にも性別という観点が持ち込まれないよう余がしかと命じておこう」
国王の言葉に、最大限の感謝を示す礼をする。
こうして、断罪パーティーは逆断罪パーティーとなって幕を下ろしたのだった。
✳︎✳︎✳︎
1ヶ月後、私は無事入団試験を突破し、王国騎士団への正式な入団が決まった。
本来なら、公爵令嬢は政治に携わったり、社交や政略結婚で家同士の関係を狙い通り変えたりする役割を果たす。騎士団入団など常識的に考えてあり得ないのだ。だが、軍事だって政治の一環。公爵令嬢が軍部の頭脳として働いてもいいではないか。
今日は一年に一度、王国騎士団の入団式。
制服に身を包み、腰からサーベルを下げ、騎士団の基本姿勢を取る。
「新規団員代表、ユリア・ヘルトリング!」
「はい」
試験を最高得点で突破した私は、新規団員代表として誓いの言葉を述べる。壇上で騎士団長に対して、右手を開いて胸に当てる。この世界の敬礼だ。後ろから皆が一斉に敬礼する音が聞こえる。
「ユリア・ヘルトリング、王国の盾となり、剣となり、いかなる困難にも屈せぬことをここに誓います」
「期待している」
前世の私ならば、人前で話すことは大嫌いで、緊張でカタコトになってしまっていただろう。実際、今だって緊張していないわけではない。でも、ユリアの公爵令嬢としての矜持が私を支えてくれる。
それから、団長の長ったらしい挨拶を聞き、最後に新人教育担当の話を聞く。壇上へ進んだのは、次期騎士団長候補と名高いディールス侯爵家の長男。黒髪が風になびき、赤い瞳が太陽の光を受けて煌めいている。
――乙女ゲームだけあって、やっぱりお顔が麗しゅうございますわ!
「新たに我らが仲間となる諸君。王国騎士団へようこそ。私は新人教育を任されたフランツ・ディールス。皆が自分の力を正しく発揮できるよう、全力で支えることを約束します。恐れる必要はありません。我々はひとりでは戦うわけではないのだから。どうか胸を張って歩み出してください。この王国を守る誇りとともに、前へ進みましょう」
なんとなく気になって、確率表示ウィンドウを開く。
【フランツの好感度:???%】
不思議な表示に察する。これはきっと、次のイベントの鍵は彼が握っているということを示しているのだ。
――さて、次に確変カードを切るのは、いったいどんな運命の瞬間かしら。この先の未来、すべてわたくしの思い通りにしてみせますわ!
晴天の空は、どこまでも続いていた。
眩しさに目が慣れてきて、目の前にそれはそれは美しい女性が杖のようなものを持って立っていることに気づく。
「我が名は運命の女神フォルトゥーナ。安土桃香さん、あなたはトラックに轢かれて亡くなりました」
は……? いやちょっと待って、聞いてない。
――いや、でも確かに轢かれたような気もする……。
帰り道、浮かれていて赤信号に気づかず横断歩道を渡り――そしたらトラックが迫ってきて、逃げられずに轢かれたんだ。そうだ、つまり私は死んだってことになる。
「でも、あまりにも可哀想なので、あなたには異世界に転生する権限を与えます」
「て、転生!?」
「はい。その世界に生きる『ユリア・ヘルトリング』に転生するのです」
いろんな作品で出てきた「異世界転生」という心踊るワードに、私はすぐに返事をした。
「転生します!」
「ただし――条件があります」
「へ?」
「転生する権限を与える代わりに、『ユリア・ヘルトリング』の悲しき運命を変えてあげてほしいのです。そのために役立つ加護も与えます。では、行ってらっしゃい」
え? いやちょっと待ってよ、条件があるなら行くかどうかは考えるって――。
そう答えようとしたが、私は気づいたときには、「ユリア・ヘルトリング」に転生していた。
✳︎
鏡で自分の姿を見て、今一度名前を口に出してみて、気づく。ユリア・ヘルトリングは、前世で結構前にハマっていた乙女ゲーム『ロイヤル・ローズ・アカデミア』の悪役令嬢だ。
平民だが魔法を使えたため、特例で王立学園に入学した主人公、マリー・ショルツは、さまざまなイベントを通して、イケメンたちの好感度を上げていく。その彼女が王子を攻略する際にことごとく邪魔してくる王子の婚約者の名前が、ユリア・ヘルトリングだったのだ。
瞬時に、自分がいわゆる「破滅エンド」に刻々と向かって行っていることを悟った。確か原作では、すぐ近くに迫っている学園卒業パーティーでユリアはカール王子に婚約破棄を告げられ、国外追放されてしまう。
これは、なんとしてでも避けなければならい。絶対に破滅したくない。国外追放イコール不幸。
鏡の自分を見つめ、しかと心に決める。絶対に回避してやる、と。
突然、目の前にゲームのウィンドウのようなものが現れた。
【チュートリアルを始めますか? はい/いいえ】
――何これ?
よくわからないままに、とりあえず「はい」を押してみる。すると、別のメッセージが出てきた。
【確率ステータス 今朝落としたイヤリングが手元に戻ってくる確率:2%】
【確率変動カード 🃏🃏🃏】
今朝落としたイヤリング……? と疑問に思ってユリアの記憶を辿ると、学園に行く際は身につけていた月モチーフのイヤリングが、学園に着くと片方失くなっていたのだった。
何もしなければイヤリングは2%の確率で戻ってくるということ? それはほとんど戻ってこないと言われているようなものだ。
「確率変動カード」という項目がチカチカ光っている。試しにそこをタップしてみると、説明が表示された。
【確率変動カードは、初期状態で3枚配布されます。確率を変えたい選択肢に対してカードを使うと、確率変動が発動。選択した未来は、あなたにとって最も都合のいい結果へと収束し、成功率は80〜100%に上昇します。カードの自動補充は、半年に1回。また、一部の特殊イベントでは、追加でカードを獲得できる場合もあります。使い方は、確率表示の選択肢を選んで "Change the Fate" と唱えるだけです。】
説明を何度か繰り返し読んでみて、徐々に理解する。これ、とんでもない神スキルじゃないか――?
つまり、今回のイヤリングの選択肢に確変カードを使用すると、私が望んでいる結果「イヤリングが戻ってくる」の確率が80〜100%になるということ。
【ちなみに、チュートリアルで確率変動カードを使っても、初期状態のカード枚数は減りません。】
ありがたいことに、私は何の代償を払うこともなく、自分の運命を変えてイヤリングをゲットできるのだ。これは使うしかない!
確率ステータスに戻り、2%という表示をタップする。
「Change the Fate」
私が呟くように唱えると、ウィンドウはピカピカ光り出し、確率表示が変わる。結果は――90%!
【チュートリアルを終了します。】
これでもしイヤリングが戻ってきたら、私はとんでもないスキルを手に入れたことになる。あとは使い所を見極めて、ここぞというときに出したら……破滅エンド回避間違いなし!
希望を見出した喜びを噛み締めていると、しばらくしてメイドが部屋に入ってきた。焦ったように口を開く。
「ユリアお嬢様! 先ほど、屋敷を掃除していた者から、お嬢様のイヤリングを拾ったとこちらを渡されまして。少々汚れていたので綺麗にしたのですが、大丈夫でしょうか」
――来た。
メイドからイヤリングを受け取って確認してみると、傷などは一切ついていない。
「大丈夫よ。ありがとう」
メイドは、見つかってよかったです、と言って下がっていった。
やっぱり、これは紛れもない神スキルだ。これさえあれば勝ちの目が見える……!
私は部屋でひとり、大きくガッツポーズをした。
✳︎
翌日。学園に登校し、あくまでいつも通りのユリアとして振る舞う。
ゲームの知識と照らし合わせると、ユリアはこのリーデルシュタイン王国の公爵家、ヘルトリング家の長女。つまり公爵令嬢だ。立ち居振る舞いには品が求められる。
前世の私に品性など皆無。行動はガサツ、口を開けばオタク特有の早口解説が飛び出るような下品の権化だった。そんな私が公爵令嬢らしい振る舞いをするだなんて不安しかない。
だが、ありがたいことに、頭にはユリアの頃の記憶がしっかり残っているし、体は勝手にそれらしい振る舞いをしてくれる。――ありがとう、ユリア。きっと素晴らしくお上品なご令嬢なのね。悪役だけれど。
そういえば、ユリアの記憶を辿ってみても、悪役令嬢らしき意地悪をした記憶が全くない。原作では、主人公マリーに対して、道を塞いだり学園の仕事を押し付けたり、とにかく酷い悪役だった。でも、この世界のユリアはそんなことはしていないようだ。どうやって断罪を……?
「ユリア様、教材を落とされましたよ?」
「あら?」
学園の最上位クラスにあまり馴染めていないミアという令嬢が、私が落とした教材を拾ってくれた。返事をして受け取ろうとすると、確率表示ウィンドウが現れる。
【ミアに笑いかけ、感謝を述べる:好感度UP率83% 真顔のまま、黙って受け取る:好感度DOWN率95%】
いや、誰がこの確率で黙って受け取るというの!? っていうかそもそもこの状況で感謝を述べないとか、人間としてどうなの?
もちろん前者を選び、笑いかけて感謝を述べて教材を受け取る。ミアは恥ずかしそうに顔を赤らめた。ウィンドウの表示が変化する。
【好感度ステータス ミアとの友情:64%】
なるほど。これはつまり、人間関係のステータスも見ることができるということだ。他の人も見られるのかな?
【オリヴィアとの友情:89% リタとの友情:79% イグナーツの好感度:26% ディーターの好感度:62%】
どうやら、女性は友情が、男性は好感度が表示されるらしい。本格的に乙女ゲームみたいになってきた。
取り巻きであるオリヴィアとリタの友情はそれなりに高いようだ。安心である。イグナーツはたまたま近くにいた婚約者持ちのクラスメイト。そりゃあ、低くて当たり前。
そんなとき、廊下が騒がしくなる。すぐに誰が来たか察した。
「まあ! カール殿下、今日もユリア様ではなく、マリー様とご一緒なさってるわ」
「ユリア様がお可哀想だわ……」
そんなヒソヒソ声も聞こえてくる。案の定、王国の王太子カール殿下と、彼の腕に自らの腕を絡ませている、原作主人公マリー・ショルツが廊下を歩いてきた。
「あら、ユリア様がいらっしゃるわ! わたくし、また虐められてしまうかも……殿下、早く通り過ぎましょう?」
「大丈夫だ。俺が隣にいる。ユリアなど敵にもならん。だが、お前が嫌な気持ちになるのはいけない、早く行こうではないか」
試しに二人のステータスを見てみる。予想通りの結果が出た。
【カールの好感度:0% マリーとの友情:0%】
――ここまではっきりと破滅フラグが立っていると、逆に燃えてきますわね……。
もう私は心も体もユリア・ヘルトリングだ。これからは思考もお嬢様言葉で行きたい。
【カールに話しかけ、マリーを虐めたことはないと訴える:成功率7% カールに泣きつく:成功率1%】
当たり前だ。こんなところで好感度を上げようとするほど、私はバカじゃない。確変カードだって、貴重なものだ。今はまだ、使うべきじゃない。
――待ってなさい、バカ王子。目に物見せて差し上げますわ!
✳︎
卒業パーティー当日。本来なら、婚約者持ちの令嬢は相手にエスコートされながら入場する。だが当然のように、王子は私のもとに来なかった。いつも一緒にいるオリヴィアもリタも、それぞれの婚約者にエスコートしてもらうため、今日は一緒には入場できない。
つまり、私はひとりで入らなければならないのだ。
「卒業生! ユリア・ヘルトリング公爵令嬢!」
名前を呼ばれ、会場の扉が開かれる。まばらな拍手の中、私はひとりで前に進む。噂をする声が聞こえてくる。
「殿下はマリー様をエスコートしていたもの。ユリア様はおひとりになってしまうわよね」
「でも、ユリア様はマリー様を虐めていらしたのでしょう? 仕方ないのではなくて?」
「それも本当のことはわからないわ。あのショルツ商会の娘でしょう?」
誰も真偽はわかっていないのだ。ただ噂だけが一人歩きしてしまっている。
――大丈夫よ。私には確変カードがあるもの! 絶対に破滅エンドを避けてみせるわ!
卒業生が入場し終わり、あたりが一度静寂に包まれる。ここぞとばかりに、王子が声を張り上げる。
「このめでたき日にひとつ発表をしよう!」
始まった。断罪パーティーね。
私はウィンドウを出して準備をする。
「私、カール・リーデルシュタインは今日をもって、ユリア・ヘルトリング公爵令嬢との婚約を破棄する! 理由はこのマリー・ショルツ令嬢へ陰湿で悪質な行為を繰り返したことによる。そして今日より、マリー嬢は私の新しい婚約者となる。つまりユリア! お前は未来の王妃に刃向かったということになる」
会場がざわめく。
――ああ、前世で親の顔よりも見た婚約破棄の断罪パーティー。実際に自分が言われる立場に立てるだなんて! こんなに貴重な経験はないわね。
私はニヤついて緩みそうになる頬を必死で抑え、なんとか真顔を保つ。
「罪状はここに書いてある通りだ! ――読み上げよ」
「はっ! まず1件目。本年5月9日放課後、西温室にて、マリー嬢がユリア嬢に相談を持ちかけたところ、ユリア嬢は彼女に対し侮辱的な暴言を浴びせ、さらには殿下に対する不敬発言までも行ったと証言されております。以降、ユリア嬢は度々マリー嬢を温室へ呼びつけ、罵倒と恫喝を繰り返したとのこと。また、当時ユリア嬢が務めていた生徒会役員としての書類業務、ならびに学園筆記課題の一部を強制的に肩代わりさせていたとの報告もございます。これらについて、温室の入室記録および内部を記録した映像魔術具の記録を証拠として提出いたします。次に同年10月6日、東階段にて、ユリア嬢はマリー嬢の足を引っかけ転倒させ、全治2週間の怪我を負わせた件。――以上の証をもって、ユリア・ヘルトリング嬢の陰湿かつ悪辣なる本性は明白であり、とても未来の王妃にふさわしき品位、徳操を備えているとは申し難い。よってここに、相応の処分が下されるべきと判断いたします」
王子の後ろに控えていた従者が高らかに罪状を読み上げる。もちろんだが、どの罪状にも身に覚えがない。しかし、空気感が徐々に変わっていく。
「本当なの? だとすればとても酷いわ」
「ユリア様って才色兼備の素敵なお方だと思っていましたのに」
「いくらショルツ商会の娘と言ったって、ここまで証拠が揃っていればもう……」
人とはそれらしい言葉を並べられてしまえば、簡単に信じてしまうのだ。誰かの主観で一人を悪者にすれば、その見方が正しいと思い込み始めてしまう。たとえ、それが真っ赤な嘘だったとしても。
私はウィンドウを眺めて、どこでカードを切るべきか考えていた。
【逆らわず受け入れる:生存率47%/未来の幸福度8% 抗議する:成功率0%/未来の幸福度2% 退席する:追放率100%/未来の幸福度0%】
――どれも笑ってしまうほど酷いわ。
ここで私が何も言わずに引き下がれば、ニブイチで死ぬ。偽装された証拠は偽装されたまま、周囲はそれに気づかず終わってしまう。でも、カードを使わずに抗議をしても成功率は0%……。それだけ、一度悪い人だとレッテルを貼られると、剥がすのは難しいということなのだろう。
使うなら、まだ証拠映像が流されていない、今、ココだ!
「ユリア、反論できないだろう。こちらには証拠があるのだからな。お前の悪事はすべて民衆にさらされる」
ニヤリと笑って、王子がこちらに振る。私は私でニヤリと笑い、ひとつの選択肢を押した人差し指をそのまま口元に持っていく。
「Change the Fate」
会場が水を打ったように静まり返る。すると、確率ステータスの表示が変わり……。
【抗議する:成功率100%/未来の幸福度100%】
――来た! 神引きだ!
「わたくし、ユリア・ヘルトリングは神に誓って、そのようなことは行っておりません。そもそも、わたくしがマリー様と直接お話をしたのは、生徒会の生徒活動調査のときだけですわ。温室で二人きりなど、一度も記憶にございません。わたくしには花を愛でる趣味はありませんの。放課後は基本生徒会室か図書館に篭りきりでしてよ。どこに温室でマリー様を虐める時間と余裕がございまして? 証拠をしっかりとお見せくださいまし」
「な、生意気な! おい、証拠をこの場の皆々様にお見せしてやれ」
「はっ!」
魔術具から温室の映像が浮かび上がる。マリーははっきり映っており、一方でユリアらしき人影は特徴的な銀髪が揺れてたまに映るくらいの画角で、姿のほとんどは草花に隠れている。背格好と髪色が一致しているくらいだ。話し声までは聞こえてこない。映像が進むにつれて、徐々にマリーの顔が泣きそうに歪み、最後にユリアらしき女性に紙束を押しつけられ、どさっと膝から崩れ落ちた。
「これが温室での様子だ。1回分しか捉えられていないが、このようなことが何度も繰り返し行われていたようだ。顔こそはっきり見えないが、銀髪でこれくらいの身長の女など、学園でお前しかいないだろう!」
「顔も見えない上に話の内容も聞こえませんわ。確かにわたくしは平均よりも身長が高いですが、少し身長が低い男性を変装させ、銀髪のかつらを使えばこれくらい簡単に録れるでしょう。わたくしである証拠にもならなければ、わたくしが虐めた証拠にもなりませんわ」
「そうやってしらを切るおつもりですか? わたくしはあれだけ苦しんだというのに……そんなのあんまりですわ」
マリーは目を潤ませて王子に縋りつく。そんな彼女を慈しむように引き寄せる王子。あたりは静寂が広がっている。
「では、これはどうだ」
次に東階段の映像が流れる。私が階段を上り、反対にマリーが下りてきているところを横から撮影しているようだ。足元は手すりの装飾に隠れて見えない。
ちょうどすれ違うとき、マリーは盛大に転び、叫びながら階段を転がり落ちかける。
「どうだ! すれ違った瞬間に転んだんだ、お前が足をかけたに違いない!」
王子の声は空に溶けて消えていく。皆の視線はまだ映像に釘づけだ。
「なぜだ? なぜ続いている? 動画を止めろ!」
「と、止まりません! そもそも録画はここまでのはずで……」
映像内のユリアは転んだマリーに手を差し伸べ、立ち上がらせている。
――確変の影響で、魔術具が暴走している!?
『怪我はなくて?』
『ええ……』
困惑したマリーに微笑みかけ、ユリアは立ち去って行った。そのユリアをキッと睨みつけるマリー。
会場の人々は徐々にざわめき出す。困惑するのも当然だろう、つい先ほどまで悪者とされていた令嬢は全くもって悪者ではなかったのだから。
しかも、問題はそれだけではなかった。
映像はまだまだ続くようだ。従者が頑張って止めようとしたり壊そうとしたりしているが、うまくいかないらしい。
階段に突っ立っているマリーの元へ、王子が近寄ってきて話し始めた。
『うまくいったな。あの女との婚約破棄の材料もそろってきた。あとはうまいこと編集させれば……』
『ええ。――ところで殿下、以前お話ししたものはご準備いただけまして?』
『ああ、緋薔薇のペンダントだろう? もちろんだ。地下宝物庫の鍵を使って部下と一緒に取ってきた。あとで渡そう。あれは……お前に似合うだろうな』
『証拠の方は……?』
『聞くまでもないだろう。鍵は誰にもバレないように掻っ攫ってきた。部下には口止め料も弾んだ。絶対に漏れるまい」
『うふふ。用意周到なこと。カール殿下はやっぱり、本当に素晴らしいお方ですわ』
『当然のことだ』
――まさか、ここまでうまくいくだなんて。ああ、なんて素晴らしいスキルを手に入れてしまったのでしょう!
王子の顔は真っ青を通り越して土気色になっている。
「殿下は国庫の宝飾品を勝手に持ち出したということですの!?」
「王国の財産の私財化ではないか! 公金の横領だぞ!」
「それに、緋薔薇のペンダントといえば……」
「ああ、あの伝説の禁呪具だ! 国家転覆が可能として国庫に厳重に保管されていたという……!」
オーディエンスが一気に騒ぎ立てる。
――これが確変カードの真の力……証拠の偽装を暴くだけでも十分でしたのに。でも、これで心置きなく「断罪返し」ができますわ。
「さて、裁かれるべきは果たしてどちらでしょう?」
「黙れ黙れ黙れ! 王位継承権のある私に楯突くやつは全員死刑だ!」
焦った王子は、頭のおかしいことを言い始める。だが、それも一瞬で終わった。
「カール、お前は自分が何をしたのかわかっているのか」
豪華な冠が煌めき、緋色のマントが重々しく床を引きずる。国王の登場だ。皆が慌てて最上の礼をする。
「ひいぃ! 父上、違うのです、私は決してこのようなことは……」
「ほう、では今し方国庫に真偽を確かめに行った者の報告を待とうではないか。――ときに、ユリア・ヘルトリング。そなたには我が愚息が迷惑をかけた。まさかここまで愚かとは思わなんだ」
「恐れながら、陛下。わたくしは迷惑などひとつも受けてございません。真に迷惑を被ったのは、事実を捻じ曲げられたこの学園と、そして王家の名でありましょう。事が大きくなる前に明るみに出る機会を得たことこそ、幸運でございます」
最上の礼を保ったまま、失礼に当たらないよう慎重に言葉を選ぶ。
その折、会場に慌ただしく入ってきた者がひとり。国王の近くまで急ぎ、片膝をつく。
「陛下、ただいま国庫より戻りました。厳重保管されていたはずの緋薔薇のペンダントですが、所在を確認できませんでした。保管庫の封魔法には何者かの手が加わった形跡がございます。やはり、殿下の手によって持ち出されたことは確実かと……」
「うむ、よろしい。――反逆罪でマリー・ショルツを捕らえよ!」
国王は王子をまっすぐ見る。王子は慌てふためいて何かを喚いているが、何を言っているかまったくわからない。
「この場において、最も愚かであったのは、間違いなく我が愚息カールであろう。王国の権威を私物化し、国庫の宝飾品を持ち出すなど言語道断。よって、カール・リーデルシュタインより、王位継承権を即刻剥奪する!」
「な、父上、何を……」
「また、人を欺き王家を惑わせたマリー・ショルツ。王都に残せば禍根となろう。彼女には国外追放を命ずる」
「そ、そんな! 酷いですわ!」
「そしてユリア・ヘルトリング、面を上げよ。そなたには婚約破棄を受け入れてもらうことになるが……王家として、この清廉なる言動と勇気に報いる義務がある。望むものがあれば申せ。地位でも立場でも役職でもよい。そなたに相応の権限と地位を与えよう」
言われた通り、顔を上げる。威厳のある国王の姿に前世の私が身構えるが、ユリアの記憶が落ち着いた発言を呼び起こす。
そして、運命の女神からもらった神スキルが一番生きるであろう願いごとを口にした。
「謹んで申し上げます、陛下。この身には過分なるお言葉、痛み入ります。わたくしの願いはただ一つ。王国騎士団への入団をお許し頂きたく存じます。本来ならば、公爵家の令嬢が望むべき立場ではございません。しかし、わたくしは本学園で剣術に精を出して参りました。これから先もこれまで同様、いやそれ以上に鍛錬に力を入れ、いずれはこの国の秩序を護る力となりたいと考えております。性別という生まれながらにして授かったものに囚われず、国に尽くしたいというこの無礼……どうか、王国のための望みとしてお酌み取りくださいませ」
騎士団に入れば、この確変カードは最も輝くと思うのだ。それに、ユリアは学園で座学・魔法・剣術すべてにおいて最優秀の成績を修めているため、その知識を活かすのにも打ってつけだろう。
「うむ、望みは聞き届けた。そなたの類まれなる才能は余の耳にも届いておる。入団試験の受験資格を与え、合否審査にも性別という観点が持ち込まれないよう余がしかと命じておこう」
国王の言葉に、最大限の感謝を示す礼をする。
こうして、断罪パーティーは逆断罪パーティーとなって幕を下ろしたのだった。
✳︎✳︎✳︎
1ヶ月後、私は無事入団試験を突破し、王国騎士団への正式な入団が決まった。
本来なら、公爵令嬢は政治に携わったり、社交や政略結婚で家同士の関係を狙い通り変えたりする役割を果たす。騎士団入団など常識的に考えてあり得ないのだ。だが、軍事だって政治の一環。公爵令嬢が軍部の頭脳として働いてもいいではないか。
今日は一年に一度、王国騎士団の入団式。
制服に身を包み、腰からサーベルを下げ、騎士団の基本姿勢を取る。
「新規団員代表、ユリア・ヘルトリング!」
「はい」
試験を最高得点で突破した私は、新規団員代表として誓いの言葉を述べる。壇上で騎士団長に対して、右手を開いて胸に当てる。この世界の敬礼だ。後ろから皆が一斉に敬礼する音が聞こえる。
「ユリア・ヘルトリング、王国の盾となり、剣となり、いかなる困難にも屈せぬことをここに誓います」
「期待している」
前世の私ならば、人前で話すことは大嫌いで、緊張でカタコトになってしまっていただろう。実際、今だって緊張していないわけではない。でも、ユリアの公爵令嬢としての矜持が私を支えてくれる。
それから、団長の長ったらしい挨拶を聞き、最後に新人教育担当の話を聞く。壇上へ進んだのは、次期騎士団長候補と名高いディールス侯爵家の長男。黒髪が風になびき、赤い瞳が太陽の光を受けて煌めいている。
――乙女ゲームだけあって、やっぱりお顔が麗しゅうございますわ!
「新たに我らが仲間となる諸君。王国騎士団へようこそ。私は新人教育を任されたフランツ・ディールス。皆が自分の力を正しく発揮できるよう、全力で支えることを約束します。恐れる必要はありません。我々はひとりでは戦うわけではないのだから。どうか胸を張って歩み出してください。この王国を守る誇りとともに、前へ進みましょう」
なんとなく気になって、確率表示ウィンドウを開く。
【フランツの好感度:???%】
不思議な表示に察する。これはきっと、次のイベントの鍵は彼が握っているということを示しているのだ。
――さて、次に確変カードを切るのは、いったいどんな運命の瞬間かしら。この先の未来、すべてわたくしの思い通りにしてみせますわ!
晴天の空は、どこまでも続いていた。