あなたは狂っている
琴美は内線電話を受けた。
「中静さん、副社長室に来てください」
役員室の受付嬢からだった。
琴美は緊張した。
(霧生副社長……)
あの日の屋上以来、会っていない。
「分かりました。すぐに伺います」
琴美は受話器を置いた。深呼吸をする。
引き出しを開けてクリーニングに出したハンカチを取り出した。
副社長室の前。
琴美はノックをした。
「どうぞ」
霧生の声。
琴美はドアを開けた。
霧生がデスクに座っていた。
完璧なスーツ姿。黒髪。鋭い目。
彼はいつも誰から見ても完璧な男だった。
琴美も完璧な男として認識している。
「失礼します」
中に入った琴美は次の指示を待ったが霧生は何も言わなかった。
静寂。
琴美は、霧生に近づいた。
「あの、ハンカチ、ありがとうございました」
そしてハンカチをデスクに置いた。
霧生はそれを一瞥すると顔を上げた。
何も言わない。
ただ、琴美を見ている。
琴美は、視線に耐えられなくなって、うつむいた。
霧生が立ち上がった。
琴美に近づいてくる。
霧生が琴美の前で立ち止まった。
琴美が顔を上げると思ったより近くて後ずさりした。
「元気がないな」
霧生の声は穏やかだった。
「そ、そんなことは……大丈夫です……」
霧生が、わずかに首を傾げた。
「嘘をつくな」
琴美は、息を呑んだ。
「座れ」
霧生が顎でソファを指す。
琴美は言われるままにソファに座った。
霧生はデスクから書類を取り出した。
そして琴美の前に座る。
霧生が書類を琴美に差し出した。
「なんですか?」
琴美は書類を受け取ったが、すぐに凍りついた。
書類には琴美の家族の情報が書かれていた。
父の工場の倒産。
借金の詳細。
弟の学費。
母の病歴。
全てだった。
「なんで……こんなものを……」
琴美の声が震えた。
霧生は無表情だった。
琴美は霧生を見つめたまま書類を握りしめる手に力が入った。
「君は、困っているだろう」
琴美は何も言えなかった。
「父親の借金。弟の学費。母親の治療費」
霧生副社長が、一つ一つ、長い指を折る。
「君の給料だけでは到底足りない」
琴美の目から、涙が溢れそうになった。
「助けてやろう」
「え?」
「弟の高校の授業料、大学への進学。父親の借金と母親の入院費。俺が用意する」
琴美は息を飲んだ。
「そんなこと頼めません」
霧生は琴美を見つめたまま、わずかに首を傾げた。
「頼めない?」
「はい……私は、自分で何とかします」
「自分で何とかする?」
霧生の声は穏やかだったが、目は冷たかった。
「副社長が私の家族の為に、そんなことをする理由がわかりません」
「理由がいるのか」
霧生が立ち上がった。
琴美を見下ろす。
「俺が助けてやると言っている。感謝するべきだろう」
「中静さん、副社長室に来てください」
役員室の受付嬢からだった。
琴美は緊張した。
(霧生副社長……)
あの日の屋上以来、会っていない。
「分かりました。すぐに伺います」
琴美は受話器を置いた。深呼吸をする。
引き出しを開けてクリーニングに出したハンカチを取り出した。
副社長室の前。
琴美はノックをした。
「どうぞ」
霧生の声。
琴美はドアを開けた。
霧生がデスクに座っていた。
完璧なスーツ姿。黒髪。鋭い目。
彼はいつも誰から見ても完璧な男だった。
琴美も完璧な男として認識している。
「失礼します」
中に入った琴美は次の指示を待ったが霧生は何も言わなかった。
静寂。
琴美は、霧生に近づいた。
「あの、ハンカチ、ありがとうございました」
そしてハンカチをデスクに置いた。
霧生はそれを一瞥すると顔を上げた。
何も言わない。
ただ、琴美を見ている。
琴美は、視線に耐えられなくなって、うつむいた。
霧生が立ち上がった。
琴美に近づいてくる。
霧生が琴美の前で立ち止まった。
琴美が顔を上げると思ったより近くて後ずさりした。
「元気がないな」
霧生の声は穏やかだった。
「そ、そんなことは……大丈夫です……」
霧生が、わずかに首を傾げた。
「嘘をつくな」
琴美は、息を呑んだ。
「座れ」
霧生が顎でソファを指す。
琴美は言われるままにソファに座った。
霧生はデスクから書類を取り出した。
そして琴美の前に座る。
霧生が書類を琴美に差し出した。
「なんですか?」
琴美は書類を受け取ったが、すぐに凍りついた。
書類には琴美の家族の情報が書かれていた。
父の工場の倒産。
借金の詳細。
弟の学費。
母の病歴。
全てだった。
「なんで……こんなものを……」
琴美の声が震えた。
霧生は無表情だった。
琴美は霧生を見つめたまま書類を握りしめる手に力が入った。
「君は、困っているだろう」
琴美は何も言えなかった。
「父親の借金。弟の学費。母親の治療費」
霧生副社長が、一つ一つ、長い指を折る。
「君の給料だけでは到底足りない」
琴美の目から、涙が溢れそうになった。
「助けてやろう」
「え?」
「弟の高校の授業料、大学への進学。父親の借金と母親の入院費。俺が用意する」
琴美は息を飲んだ。
「そんなこと頼めません」
霧生は琴美を見つめたまま、わずかに首を傾げた。
「頼めない?」
「はい……私は、自分で何とかします」
「自分で何とかする?」
霧生の声は穏やかだったが、目は冷たかった。
「副社長が私の家族の為に、そんなことをする理由がわかりません」
「理由がいるのか」
霧生が立ち上がった。
琴美を見下ろす。
「俺が助けてやると言っている。感謝するべきだろう」
