キミの感情
「な、に……笑って……」

顔を引き攣らせている美咲を見ながら、僕は軽蔑の視線を向けた。

「哀しいからだよ」

吐き捨てるようにそう言うと、目の前の花音の仮面を被った美咲の首を締め上げていく。

「……ぐっ……お、ぇ……が……」

「……ふふ……あはははっ」

どのくらい力を込めていただろうか?
美咲の首から両手を離せば、彼女は壊れた人形のように倒れ込み二度と動くことはなかった。

「おやすみ」

僕は転がっている美咲を見下ろしながら、微笑む。そして天井を見つめた。

「……ごめんね、花音。やっぱりダメだった。君を失ったのに僕は……涙のひとつも出やしない」

花音はどう思っているだろう。殺されても笑うことしかできない僕のことを。

その場に座り込みうずくまった僕の脳裏にふと、ニーチェの言葉がよぎる。

──『忘却は、よりよき前進を生む』

恋人や家族が居なくなっても『哀』がわからない僕が『哀』を知る術はこの世のどこにもない。

もう『哀』を知ろうとする事も、愛する花音の事も忘れてしまおう。
今までだって『哀』を知らなくとも生きてこれたのだから。    

「全部……忘れよう」

一番楽になれる方法は、深く考えずに忘れてしまうことだと頭ではわかっているのに、うまくいかない。目を閉じれば花音との思い出が浮かんで、胸が張り裂けそうになってくる。

「……花音……っ」

その時だった、手の甲に一粒、水滴が落ちて当たった。

「え?……これ……」

恐る恐る頬に触れれば、間違いなくそれはあたたかく僕の瞳から溢れ落ちていた。

「……これが……涙。これが……『哀』……?」

目の奥が熱くて心が痛くて苦しくて、全てを拒絶して叫び出したい感情。

「……やっと……知ることができた」

この先、僕がこのずっと欲しかった感情を体験する日は二度とこないかもしれない。それほど深く彼女を愛していたから。

「花音……ありがとう」

まだまだ感情は不安定だ。
僕はすぐにニヤけそうになる口元を押さえながら、彼女を想い涙を流した。



2025.12.12 遊野煌
< 18 / 18 >

ひとこと感想を投票しよう!

あなたはこの作品を・・・

と評価しました。
すべての感想数:6

この作品の感想を3つまで選択できます。

  • 処理中にエラーが発生したためひとこと感想を投票できません。
  • 投票する

この作家の他の作品

返事も溺愛もキスのあとで
遊野煌/著

総文字数/112,403

恋愛(純愛)190ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
舞川雛子(26)は大手お菓子メーカー、三日月製菓コーポレーションの企画戦略室で働いている。 また雛子には2年前から付き合いはじめ、半年前から同棲を始めた、同期で恋人の石垣守(26)がいるのだが、後輩の姫原由羅(24)との浮気が発覚した上、いつのまにか元カノにされていた。 守と由羅から『便利屋雛子』と馬鹿にされ、一人こっそり泣いていた雛子に、企画戦略室の上司である雪瀬鷹哉(29)が『──俺と結婚してくれないか』といきなりプロポーズをしてきた上、同居まで提案してきて──? 鷹哉『宜しくな、俺の雛子』🦅 雛子『俺の……ひぃ、雛子?!!!』🐥 シゴデキで冷徹な上司が見せる素顔は、なぜか想像以上に甘くて……🐥💓🦅 ※表紙も作中使用の画像も全てフリー素材です。 ※執筆期間2026.6.3〜7.20完結です。  ※他サイトさんにて恋愛トレンド1位でした〜良かったら読んで頂けると嬉しいです。
眠れない夜は愛しい雛を抱いて
遊野煌/著

総文字数/5,876

恋愛(純愛)11ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
鷹哉が雛子にプロポーズして一ヶ月ほど経った、ある金曜日の夜のこと。 接待から家に帰った鷹哉は雛子と日本酒で晩酌することになるが──。 鷹哉「……俺は今、どういう状況なんだ?」 雛子「鷹哉さん、好き」 鷹哉「……っ!」 鷹哉がひたすら悶絶することになる、ある夜のお話です🦅🛏️💕 ※ ⚠️こちらの短編は『返事も溺愛もキスのあとで』本編のネタバレを含みます。(完結後のお話です) ※表紙はフリー素材です。
100回目の恋カレー
遊野煌/著

総文字数/8,656

青春・友情17ページ

表紙を見る 表紙を閉じる
『ねぇ、恋カレーって知ってる?』 ──『ん? 恋カレー?』 『うん。恋カレーを100回たべたら、好きな人が自分のこと好きになっちゃうんだって』 これは好きなアイツに好きだよって言えない、臆病な私の初恋と恋のおまじないの話。 ※表紙はフリー素材です。コンテスト用に既存作を改稿しました。

この作品を見ている人にオススメ

読み込み中…

この作品をシェア

pagetop