【中編】激甘すぎる婚前同居。 〜訳アリ令嬢は染織家の盲愛に気づかない〜
第9話【蘇る藍の記憶】



 穂貴さんの腕の中で過ごす夜が続くたび、私の心は穂貴さんの愛で優しく満たされ、過去の空白が温かな光で少しずつ照らされていくような気がしていた。
 穂貴さんの胸の鼓動が私の耳に響き、穂貴さんの指が私の髪を優しく梳く感触が、胸の奥を優しく溶かしていく。なのに心のどこかで過去の影がまだ残っている。それが、穂貴さんの温もりをより強く感じさせてくれるのかもしれない。

 でも、ある日の夜――いつものように穂貴さんの胸に寄りかかり、穂貴さんの指が私の髪を優しく梳いている時、突然、胸の奥に鋭く、でもどこか懐かしい痛みが走った。心臓が一瞬止まるような、息が詰まるような感覚。穂貴さんの温もりが近くて安心するのに、心の奥底から何かが溢れ出そうで、怖くて、でも呼び寄せたくない。



「……っ」


 小さく息を漏らすと、穂貴さんがすぐに私の顔を覗き込み、心配そうに眉を寄せる。穂貴さんの瞳が優しくて、痛みが少し和らぐのに、心が痛む。この人が、私の小さな変化にすぐ気づいてくれることが、愛おしくてたまらない。


「美宙ちゃん? どうしたの? 顔色が……どこか痛い?」


 私は首を振ったけど、痛みは引かない。それどころか、頭の奥で何かが静かに、でも確実に弾けるような感覚が広がり――視界が優しく揺れた。胸が熱くなり、涙が溢れそうになる。
 穂貴さんの温もりが支えてくれるのに、心の奥から懐かしい匂い、音、感触が蘇ってくる。怖くて、嬉しいような、複雑な感情が胸を締めつけた。




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