さよならの代わりに授かった宝物
第四章:天敵と小さな分身
強制的に連れ戻された場所は、二年前のあのマンションではなかった。
都心の超高層階に位置する、厳重なセキュリティに守られたペントハウス。
萌香は豪華なソファの隅で、小さく震える蓮を胸に抱き寄せながら、正面に腰掛ける男――冷徹な警視・高畑勇気を睨みつけていた。
「……そんなに警戒するな」
勇気はネクタイを緩めながら、低く言った。
「俺が、子どもにまで手を出すような男に見えるか?」
その声音には、わずかな疲労と、苛立ちの裏に隠れた気遣いが混じっていた。
彼はテーブルに置かれた蓮のおもちゃ――安っぽいミニカーを指先で軽く弾く。
この二年間。
萌香を失った喪失感を埋めるように、勇気は仕事だけに没頭してきた。
地位も権力も手に入れたが、心の空白だけは埋まらなかった。
――そして今。
ようやく取り戻した萌香の隣には、知らない子どもがいる。
それが、どうしようもなく胸をざわつかせていた。
「おじちゃん、だれ?」
萌香の腕の中から、蓮が小さく問いかける。
勇気は一瞬、言葉を失う。
あまりに真っ直ぐな視線に、どう答えるのが正解か分からなかった。
「……今日から、ここにいる男だ」
少し考えて、そう答える。
「ママのおともだち?」
「……まあ、そんなところだ」
勇気の口調が、わずかに柔らぐ。
「パパ?」
その言葉に、萌香の心臓が強く跳ねた。
勇気は一瞬、視線を逸らし、低く息を吐く。
「……違う」
だが、先ほどまでの氷のような拒絶はない。
「少なくとも……今はな」
萌香は思わず息を呑む。
完全に突き放さなかったことに、かえって動揺してしまう。
蓮は勇気の反応を気にする様子もなく、よちよちと近づいた。
「おじちゃん、くるま、すき?」
差し出されたのは、蓮が一番大切にしているパトカーのミニカー。
勇気は思わず眉を上げる。
「……それ、貸していいのか」
「うん! だいじなやつ!」
その無邪気な言葉に、勇気の指が一瞬止まる。
凶悪犯を制圧してきたその手が、小さな玩具を前に、ひどく不器用になる。
「……嫌いじゃない。
仕事で、本物に乗ることもある」
「ほんもの!? すごい!
ぼくもね、おおきくなったら、おまわりさんになるの!」
「……そうか」
勇気は小さく笑った。
「なら、悪いことはするな。
約束だ」
「うん!」
屈託のない笑顔。
その表情が、かつて萌香にだけ向けられていた――あの微笑みに、あまりにも似ていることに、勇気自身が気づいていない。
無意識のまま、勇気は蓮の柔らかな茶髪にそっと触れる。
「……お前……」
指先に伝わる体温に、胸の奥がざわりと揺れた。
――なぜだ。
他人の子のはずなのに。
「萌香」
低い声で、名を呼ばれる。
「……この子の父親は、どうしている」
萌香は一瞬だけ迷い、静かに答えた。
「……いません。この子は、私の子です」
勇気はそれ以上、踏み込まなかった。
ただ短く息を吐き、立ち上がる。
「……いいだろう」
出口へ向かいかけて、ふと足を止める。
勇気は蓮のミニカーを手に取り、デスクの上――一番目につく場所へそっと置いた。
「それ、壊すな」
ぶっきらぼうだが、声は低く穏やかだった。
「俺の部屋で遊ぶくらいなら……構わない」
「ほんと!? ありがとう、おじちゃん!」
「……調子に乗るな」
そう言いながらも、勇気の口元はわずかに緩んでいる。
不器用で、傲慢で、
それでも確かに滲み始めた優しさ。
勇気はまだ知らない。
蓮の寝相も、偏食も、笑い方の癖も――
すべてが、自分と驚くほど似ていることを。
そして萌香は、静かに近づいていく「父と子」の距離を前に、
真実が明らかになる恐怖と、
それでもどこか温かい予感に、胸を締めつけられていた。
都心の超高層階に位置する、厳重なセキュリティに守られたペントハウス。
萌香は豪華なソファの隅で、小さく震える蓮を胸に抱き寄せながら、正面に腰掛ける男――冷徹な警視・高畑勇気を睨みつけていた。
「……そんなに警戒するな」
勇気はネクタイを緩めながら、低く言った。
「俺が、子どもにまで手を出すような男に見えるか?」
その声音には、わずかな疲労と、苛立ちの裏に隠れた気遣いが混じっていた。
彼はテーブルに置かれた蓮のおもちゃ――安っぽいミニカーを指先で軽く弾く。
この二年間。
萌香を失った喪失感を埋めるように、勇気は仕事だけに没頭してきた。
地位も権力も手に入れたが、心の空白だけは埋まらなかった。
――そして今。
ようやく取り戻した萌香の隣には、知らない子どもがいる。
それが、どうしようもなく胸をざわつかせていた。
「おじちゃん、だれ?」
萌香の腕の中から、蓮が小さく問いかける。
勇気は一瞬、言葉を失う。
あまりに真っ直ぐな視線に、どう答えるのが正解か分からなかった。
「……今日から、ここにいる男だ」
少し考えて、そう答える。
「ママのおともだち?」
「……まあ、そんなところだ」
勇気の口調が、わずかに柔らぐ。
「パパ?」
その言葉に、萌香の心臓が強く跳ねた。
勇気は一瞬、視線を逸らし、低く息を吐く。
「……違う」
だが、先ほどまでの氷のような拒絶はない。
「少なくとも……今はな」
萌香は思わず息を呑む。
完全に突き放さなかったことに、かえって動揺してしまう。
蓮は勇気の反応を気にする様子もなく、よちよちと近づいた。
「おじちゃん、くるま、すき?」
差し出されたのは、蓮が一番大切にしているパトカーのミニカー。
勇気は思わず眉を上げる。
「……それ、貸していいのか」
「うん! だいじなやつ!」
その無邪気な言葉に、勇気の指が一瞬止まる。
凶悪犯を制圧してきたその手が、小さな玩具を前に、ひどく不器用になる。
「……嫌いじゃない。
仕事で、本物に乗ることもある」
「ほんもの!? すごい!
ぼくもね、おおきくなったら、おまわりさんになるの!」
「……そうか」
勇気は小さく笑った。
「なら、悪いことはするな。
約束だ」
「うん!」
屈託のない笑顔。
その表情が、かつて萌香にだけ向けられていた――あの微笑みに、あまりにも似ていることに、勇気自身が気づいていない。
無意識のまま、勇気は蓮の柔らかな茶髪にそっと触れる。
「……お前……」
指先に伝わる体温に、胸の奥がざわりと揺れた。
――なぜだ。
他人の子のはずなのに。
「萌香」
低い声で、名を呼ばれる。
「……この子の父親は、どうしている」
萌香は一瞬だけ迷い、静かに答えた。
「……いません。この子は、私の子です」
勇気はそれ以上、踏み込まなかった。
ただ短く息を吐き、立ち上がる。
「……いいだろう」
出口へ向かいかけて、ふと足を止める。
勇気は蓮のミニカーを手に取り、デスクの上――一番目につく場所へそっと置いた。
「それ、壊すな」
ぶっきらぼうだが、声は低く穏やかだった。
「俺の部屋で遊ぶくらいなら……構わない」
「ほんと!? ありがとう、おじちゃん!」
「……調子に乗るな」
そう言いながらも、勇気の口元はわずかに緩んでいる。
不器用で、傲慢で、
それでも確かに滲み始めた優しさ。
勇気はまだ知らない。
蓮の寝相も、偏食も、笑い方の癖も――
すべてが、自分と驚くほど似ていることを。
そして萌香は、静かに近づいていく「父と子」の距離を前に、
真実が明らかになる恐怖と、
それでもどこか温かい予感に、胸を締めつけられていた。