窓明かりの群れに揺れる
第1章

1.岩手から東京へ ― 再会

 「えーっと、ここが新宿区落合三丁目か……
  やっと見つかったよ……」

 小さくつぶやきながら、
 春奈はスーツケースの持ち手に
 体重を預けるようにして立ち止まった。

 慣れないスーツにパンプス、
 慣れない地下鉄と乗り換え。

 岩手から就職面接のために
 初めて東京にやってきた彼女にとって、
 さっきまで歩いてきた街並みは、
 どこまでもビルとマンションばかりに見える。

 「もう、ビルばっかりで……
  道に迷って、疲れちゃった……」

 吐く息に、少しだけ愚痴が混じる。

 駅からの道順はスマホで何度も
 確認したはずなのに、
 同じような建物が続くせいで方向感覚が
 すぐに狂ってしまう。

 じつはこの時期、
 東京中のホテルはどこも満室で、
 予約がまったく取れなかった。

 空いていても東京ではかなり高額な部屋
 仕方なく
 いや、少しだけ甘えるみたいな気持ちも込みで
 春奈は、都内で一人暮らしをしている従兄の家に
 泊めてもらうことになっていた。

 春奈は岩手県出身、
 22歳の女子大生。

 就職活動まっただ中の四年生だ。

 泊めてもらう相手の従兄・弘樹は、
 一回り年上の34歳。

 会うのは、たぶん十年ぶりくらいだろうか。
 (弘樹くん、今どんな感じなんだろ……)

 子どもの頃は「弘樹にいちゃん」と呼んで、
 夏休みに一緒にゲームをしたり、
 公園に連れて行ってもらったりした相手。

 けれど今は
 何か訳アリで、広いマンションに
 ひとりで暮らしているらしい、
 と母から聞いていた。

 (“訳アリ”って、どんなだろう……
  離婚したってうわさだけど……)

 そんなことを考えながら顔を上げると、
 目の前には想像していた以上に
 立派なマンションがそびえていた。

 コンクリートとガラスが
 組み合わさった外観は、
 どこか冷たくて都会的で、
 春奈の日常からは少し遠い世界の
 建物に見える。

 「ここ、でいいんだよね……?」

 表札代わりのプレートに書かれた
 マンション名を確認し、
 ようやく胸を撫で下ろす。

 エントランス前のスペースで
 スーツケースを止め、
 春奈はスマホを取り出した。

 連絡先に登録していた名前をタップして、
 通話ボタンを押す。

 「もしもし、春奈です。
  いまマンションの前に着きました」

 『お、着いた? じゃあ迎えに行くよ』
< 1 / 122 >

この作品をシェア

pagetop