窓明かりの群れに揺れる
耳に届いた声は、昔より少し低く、
落ち着いていて――
でも、どこか懐かしかった。
(ほんとに、弘樹くんだ……)
通話を切って、
胸の鼓動をなんとなく押さえるように
深呼吸をする。
数分もたたないうちに、
自動ドアの向こうから、
背の高い男性がこちらへ歩いてくるのが
見えた。
スーツの似合うその横顔に、
十年前の記憶の中の「弘樹にいちゃん」の
面影が、ゆっくりと重なっていく――。
自動ドアが音もなく開き、
背の高い男性が一歩外に出てきた。
その人影が春奈の前で立ち止まり、
少し目を細める。
「……春奈ちゃん?」
名前を呼ばれた瞬間、
胸の奥がきゅっと鳴った。
「お久しぶりです……春奈です。
すみません、夜に。突然お邪魔
することになって……」
そう言いながら頭を下げると、
目の前の男性を改めて見上げる。
スーツの襟元から覗くシャツ、
少し伸びた前髪、落ち着いた雰囲気。
(……弘樹くん、
こんなに“男の人”っぽくなってたんだ)
戸惑うくらい大人びていて、
思わず視線をそらしそうになる。
でも、笑ったときの目じりのしわや、
少し不器用そうな表情の作り方に、
子どものころ「弘樹にいちゃん」と呼んで
後ろをついて回っていた頃の面影が、
ふっとよみがえってきて、少しだけ安心した。
「東京は初めて?
遠くから来たんだし、疲れたよね」
「あ、はい……」
エントランスを抜けて並んで歩く距離が、
妙に気恥ずかしい。
エレベーターのボタンを押しながら、
弘樹がふと思い出したように笑った。
「先週さ、急に叔母さんから
電話かかってきて、
“春奈を数日泊めてやってほしい”って
頼まれて、正直ちょっとびっくりしたよ」
「すみません……。
どこもホテルが満室で
泊まるところがなくって、
母が、無理に頼んだみたいで……」
「いいって、いいって。
部屋も余っているし、
断る理由なんかないよ」
そう言って、軽く肩をすくめる仕草が、
昔と同じで。
けれど、隣に立つその横顔は、
十年前では到底想像できなかったくらい、
男らしくなっていた。
エレベーターを降りて、
いくつか角を曲がると、
落ち着いた色のドアが並んでいた。
弘樹が立ち止まった一枚の前で、
鍵を差し込む。「カチャ」
「ここ。」
カチャリ、と重い錠が外れる音がして、
おしゃれで少し重そうな玄関ドアが
静かに開いた。
落ち着いていて――
でも、どこか懐かしかった。
(ほんとに、弘樹くんだ……)
通話を切って、
胸の鼓動をなんとなく押さえるように
深呼吸をする。
数分もたたないうちに、
自動ドアの向こうから、
背の高い男性がこちらへ歩いてくるのが
見えた。
スーツの似合うその横顔に、
十年前の記憶の中の「弘樹にいちゃん」の
面影が、ゆっくりと重なっていく――。
自動ドアが音もなく開き、
背の高い男性が一歩外に出てきた。
その人影が春奈の前で立ち止まり、
少し目を細める。
「……春奈ちゃん?」
名前を呼ばれた瞬間、
胸の奥がきゅっと鳴った。
「お久しぶりです……春奈です。
すみません、夜に。突然お邪魔
することになって……」
そう言いながら頭を下げると、
目の前の男性を改めて見上げる。
スーツの襟元から覗くシャツ、
少し伸びた前髪、落ち着いた雰囲気。
(……弘樹くん、
こんなに“男の人”っぽくなってたんだ)
戸惑うくらい大人びていて、
思わず視線をそらしそうになる。
でも、笑ったときの目じりのしわや、
少し不器用そうな表情の作り方に、
子どものころ「弘樹にいちゃん」と呼んで
後ろをついて回っていた頃の面影が、
ふっとよみがえってきて、少しだけ安心した。
「東京は初めて?
遠くから来たんだし、疲れたよね」
「あ、はい……」
エントランスを抜けて並んで歩く距離が、
妙に気恥ずかしい。
エレベーターのボタンを押しながら、
弘樹がふと思い出したように笑った。
「先週さ、急に叔母さんから
電話かかってきて、
“春奈を数日泊めてやってほしい”って
頼まれて、正直ちょっとびっくりしたよ」
「すみません……。
どこもホテルが満室で
泊まるところがなくって、
母が、無理に頼んだみたいで……」
「いいって、いいって。
部屋も余っているし、
断る理由なんかないよ」
そう言って、軽く肩をすくめる仕草が、
昔と同じで。
けれど、隣に立つその横顔は、
十年前では到底想像できなかったくらい、
男らしくなっていた。
エレベーターを降りて、
いくつか角を曲がると、
落ち着いた色のドアが並んでいた。
弘樹が立ち止まった一枚の前で、
鍵を差し込む。「カチャ」
「ここ。」
カチャリ、と重い錠が外れる音がして、
おしゃれで少し重そうな玄関ドアが
静かに開いた。