窓明かりの群れに揺れる
 春奈は
 弘樹と一緒に暮らすことになった。

 引っ越し先は、あのマンション。
 かつて「お世話になる側」として
 スーツケースを転がして入った部屋に、
 今度は二人分の家具と生活の匂いを運び込む。

 リビングのソファは新しく買い替えた。
 でも、大きな窓と、
 そこから見える新宿の夜景だけは、
 何も変わらない。

 「この部屋、
  静かなのに、外だけは
   ずっと騒がしいね」

 ある晴れた夜、
 マグカップを両手で抱えながら
 春奈が言う。

 「都会って、そういうもんだろ」

 弘樹は隣で苦笑する。

  「でも――」

 春奈は窓の外を見上げた。

 無数の窓灯りが、
 それぞれの生活を切り取ったみたいに
 点々としている。

  「前にここで夜景を見たときは、
   “自分だけ取り残されてる”みたいで、
   ちょっと怖かった」

  「……そうだったのか」

  「うん。
   でも今は、なんか違って見える」
  「どう違う?」

 「全部の灯りが、
  “ちゃんと生きてる人がいる証拠”
  みたいに見える」

 そう言って、少しだけ照れくさそうに笑う。

 「私も、その中のひとつなんだなって。
  ここで仕事して、泣いたり笑ったりして、
  たまにこうやって、
  隣で同じ景色を見てくれる人がいて」

 マグカップの縁に、指先がそっと触れる。

  「――だから、前みたいに怖くない」

 弘樹はその横顔を見つめた。

  「そう思えるなら、
   この部屋も、東京も、悪くないな」
  「うん。悪くない」

 少し間を置いて、春奈は急に目だけ上げる。
 わざとらしいくらい真面目な顔で。

  「あと――」
  「あと?」

  「ちょっと、えっちな従兄が、
   いつも一緒にいてくれるし」

  「……は?」

 弘樹の声が裏返りかけて、
 すぐに咳払いでごまかされる。

  「違うだろ」
  「え、違うの?」

 春奈はすっとぼけた顔で首を傾げる。

 「違う。……いや、そうじゃなくて」

 言い直そうとして、
 弘樹は観念したみたいに眉間を揉んだ。

  「……そういう冗談、どこで覚えた」
  「東京」

 春奈は即答して、ふっと笑う。
 弘樹も、結局は負けたように息を吐いて。

  「……都会、怖いな」
  「でしょ?」

 春奈は肩をすくめ、
 マグカップをもう一度両手で包み直した。

 ガラスに映った二人のシルエットが、
 夜景の中に淡く重なる。

 あのとき、涙と鼻水で
 ぐしゃぐしゃの顔のまま飛び込んだ胸。
 何も言わずに受け止めてくれた腕の温度。
 その全部を思い出すたびに――
 春奈は、「ここまでの道のり」を
 肯定できるようになっていく。

 晴れた夜、
 窓明かりの群れがまた滲んで見えるのは、
 もう泣いているからじゃない。

 あの三日間。
 あの玄関のキス。
 あのすれ違いと、たくさんの選択と後悔と。

 そのすべてとつながった場所で、
 今、自分の隣にいる人のぬくもりを、
 もう二度と手放したくないと思えるからだ。

 都会の灯りは、今日もまばらに瞬く。
 その一つひとつの窓の中で、
 誰かの心が揺れ、
 誰かの物語が静かに続いている。

 その中の小さなひとつに、
 春奈と弘樹の灯りも、
 確かに混ざり込んでいた。
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