窓明かりの群れに揺れる
 「うん。
  車、持ってるからさ。
  都内でウロウロするより、
  ちょっと海のほう出たほうが
  気持ちいいかなって」

 簡単そうに言うけれど、
 それは立派な「デート」の提案だ。

 「でも……」

 言いかけて、自然と恵の名前が頭に浮かぶ。
 (恵、どう思うかな……)

 胸の奥に
 小さな罪悪感みたいなものが生まれて、
 言葉が続かなくなる。

 そんな春奈の戸惑いを、
 達也は読んだのか読まなかったのか、
 あえて明るい声で押し切った。

 「悩むなら、とりあえず行こう。
  海、悪いこと全部忘れさせてくれるからさ」

 「え、でも――」
 
 「はい、じゃあ日曜日。
  朝はゆっくりめにして、
  昼前に出発でどう?
  駅まで迎えに行くから」

 強引とも言えるペースで、
 どんどん予定を決めていく。
 その勢いに、
 春奈はついていくしかなかった。

 「……そこまで言うなら、行きます」

 「よし、約束。
  じゃ、日曜。楽しみにしてる」

 そう言って、達也は手を振り、
 フロアに戻っていった。
 残された春奈は、
 しばらくビルの前で立ち尽くしたまま、
 自分の胸の鼓動だけを聞いていた。
 (……私、今、頷いちゃった)

 恵の顔。
 弘樹の顔。
 達也の顔。
 いろんな表情が、一度に頭の中で渦巻く。
 (でも――)

 心のどこかで、
 「自分の気持ちを確かめたい」という、
 小さな声があった。

 誰かの影を引きずったまま、
 ずっと立ち止まっているわけにもいかない。

 それなら一度、まっすぐ「同年代の男の子」
 と向き合ってみてもいいんじゃないか。
 そんな思いが、
 ぎゅっと胸のあたりで結び目を作っていた。
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