窓明かりの群れに揺れる
 「ワンピース、いいね。
  なんか、いつもより柔らかい感じがする」

 「あ、ありがとうございます」

 褒められて、思わず視線を落とす。

 「どうぞ、お嬢さん」
  冗談っぽく言いながら、
  達也が助手席のドアを開けてくれた。

 「すみません……」

 戸惑いながらも、「おじゃまします」と
 心の中でつぶやきながら、
 車に乗り込む。

 よく考えてみれば、
 男の人と二人きりでドライブデートなんて、
 これが初めてだった。

 ドアが閉まると、
 外のざわめきが一枚のガラス越しになって、
 車内だけがふわりと二人だけの空間になる。

 「じゃ、出発しますか」

 「お願いします」

 シートベルトを
 締めるカチッという音と一緒に、
 エンジンが静かにかかる。

 駅前を離れ、
 車はゆっくりと都内を抜けていく。

 窓の外には、
 高架下のグレーな景色から、
 少しずつ洒落たカフェや並木道が
 増えていって、
 やがて、
 都会らしい抜けのいい景色に変わっていく。
 (……なんか、すごい。全部、初めてだ)

 助手席から眺める街並み。

 信号で止まるたびに、
 隣の横顔がほんの少しだけ近くなる距離感。

 さっきまで胸の中に残っていた
 仕事の疲れや重さが、
 走るにつれて少しずつほぐれていくのが、
 自分でもわかる。

 「緊張してる?」

 ハンドルを握ったまま、
 達也がちらりとこちらを見る。

 「……ちょっとだけ。
  でも、なんか楽しいです」

 「そっか。ならよかった」

 短いやりとりなのに、その一言だけで、
 また胸のあたりが少し温かくなる。
 (達也くんといると、
  変に気を張らなくていいんだよな……)

 完全に気を抜いているわけじゃない。
 男の人と二人きりの
 車内にいることへの緊張は、ちゃんとある。

 それでも――
 運転席で前を見ている達也の様子や、
 ときどき飛んでくる

 気遣うような視線に触れるたび、
 ここにいても大丈夫なんだ、
 と思える不思議な安心感が、
 春奈の心を少しずつ軽くしていった。
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