窓明かりの群れに揺れる
 第三京浜を抜け、逗子で高速を降りると、
 空の色と、風の匂いが少し変わった。

 「見て、あれ」

 達也がフロントガラス越しに顎で示す。

 視線を追うと、
 遠くに、海がきらっと光って見えた。

 「……海だ」

 思わず、声が漏れる。

 窓を少し開けると、
 潮の匂いがふわりと入り込んできた。

 東京のアスファルトとは違う、
 少し湿った、でも懐かしいような空気。

 「もうちょっと行くと、江ノ島見えてくるよ」

 「え、江ノ島!?
  行ってみたかったんです、ずっと」

 「じゃあ、今日デビューだな」

 軽く笑いながらハンドルを切る達也。

 車は、
 観光パンフレットで見たことのあるような
 湘南の海沿いの道に出た。

 左手いっぱいに広がる海。
 その向こう、少し霞んだ水平線の上に、
 江ノ島のシルエットが浮かんでいる。

 「すごい……」

 春奈は、
 思わずシートベルトを握りしめたまま、
 窓の外に目を奪われていた。

 波打ち際で遊ぶ人たち。

 サーフボードを抱えて歩く人。

 風に揺れるヤシのような街路樹。

 どれもこれも、
 雑誌やドラマの中だけの世界だと思っていた
 景色が、今、自分の目の前で動いている。

 「テンション上がってきた?」

 「上がってます。すごく」

 「顔に出てる。さっきまでより、
  だいぶ明るい」

 「さっきまでは、
  ちょっと緊張してたから……」

 「今は?」

 いたずらっぽく聞かれて、
 春奈は少し考えてから口を開いた。

 「緊張はしてるけど、楽しいです。
  なんか、初めてのことだらけで」

 「なら、連れてきた甲斐あったな」

 その言葉が、
 じんわりと胸に染み込んでいく。
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