これはもはや事故です!
 片足に体重がかかった瞬間、わずかに顔が歪む。
 痛みを隠し、無理に立ち上がろうとする仕草が、磯崎の目にはっきりと見えた。

「……っ」

 小さくそう言いながら、美羽は足を庇い、手すり代わりにドアの縁を掴む。
 だが、踏み出した一歩が安定せず、身体がふらりと傾いた。

 その様子を見て、磯崎は思わず息を詰めた。

「ごめん」

 短く、それだけを言って、次の瞬間にはもう、美羽の身体に腕を回していた。

「え……?」

 抗議する暇もなく、視界がふっと浮く。
 気づけば、美羽は磯崎の腕の中に収まっていた。

 驚きで固まる美羽に、磯崎は目を合わせないまま、少し気まずそうに続ける。

「歩かせるほうが、きつそうだったから」

 それだけ言って、ぎこちなく抱え直す。
 腕の力は不思議と安定していて、揺れが少なかった。

「あ……」

 美羽は一瞬、何か言おうとしたけど、上手く言葉が出ないまま、磯崎の胸元に視線を落とす。

 心臓の音が、近い。
 それが、自分のものか、彼のものか、わからなくなるほどに。

(近い。ちょっと近すぎる。
この距離、落ち着かない。
いや、歩けないから仕方ないんだけど。
これは、ちょっと、落ち着かない)

「大丈夫?」

耳元で聞こえる磯崎の声。
美羽の心はソワソワして、大丈夫じゃない!

 薄暗い夜間専用の窓口で受付を済ませた後、待合室に居る時も、磯崎は美羽を抱いたまま離そうとしない。
 これは、心配を通り越して、過保護と言って良いほど。

そして、とっても恥ずかしい……。

(どういうこと? 私にナニが起きてるの!?)
 

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