これはもはや事故です!
 脱衣所で服を脱ぎながら、美羽は深く息をついた。

(落ち着け……落ち着け……)

 そう言い聞かせても、胸の奥がそわそわして、うまくいかない。
 磯崎の言葉ひとつひとつが、まだ頭の中で反響している。

 浴室に入り、湯船にそっと足を沈める。
 温かさが、じんわりと足首を包み込んだ。

「……はぁ……」

 思わず、声が漏れる。

(足……ちゃんと、良くなってきてる)

 湯船に肩まで浸かりながら、美羽は天井を見上げる。
 湯気で視界が滲んで、輪郭が曖昧になる。

 ――足が治ったら、帰る。
 そう思っていたはずだった。

 でも。

(帰りたくない、って思ってる時点で……だめだよね。
 役に立たないと、ここにいられない。
 そう思って、必死に理由を探してきた。
 でも、磯崎さんは、甘えていいと言ってくれた。
 ……私、ここにいていいって……思っても、いいのかな)

 湯の中で、そっと唇に指を寄せた。
 あの時の熱い感触が脳裏を過る。
 震えは、もうない。

 怖くないわけじゃない。
 でも、逃げたくもなかった。

(……足が理由じゃなくても)

 胸の奥で、小さく何かが決まる。

(ちゃんと、自分の気持ち……言おう)

 湯船から上がる頃には、心臓の鼓動はまだ速いままだけれど、不思議と、迷いだけは薄れていた。

 タオルで髪を拭きながら、鏡に映る自分を見る。
 少し頬が赤い。

「……大丈夫」

 誰にでもなく、そう呟いて、浴室を後にした。

 
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