これはもはや事故です!
 美羽は、少しだけ躊躇ってから、口を開いた。

「……あの」

「ん?」

「……足が治っても、ここに居ていいんですよね」

 確認するみたいな声。

 磯崎は、迷わなかった。

「もちろん、居ていいに決まってる」

 その言い方が、あまりにも自然で、美羽の胸が、きゅっとなる。

「……はい」

 短く答えると、磯崎が穏やかに微笑む。
 お互いに見つめ合ったまま、しばらく、静かな空気が流れた。
 カーテン越しの光が、ゆっくりと部屋を満たしていく。

 磯崎が、ふっと息を吐いた。

「……後悔してないか」

 問いかけは低く、慎重だった。

 美羽は少し驚いてから、首を横に振る。

「してません」

 即答だった。

「……むしろ」

 一瞬だけ言葉に詰まって、それでも続ける。

「……磯崎さんのそばに居たいって思いました」

 磯崎の視線が、美羽に戻る。
 照れたような、でも穏やかな笑み。

「コーヒー、淹れてくる。飲むだろ?」

「……はい」

 ベッドを降りる前、磯崎は一度だけ振り返った。

「寝てていいから……無理はするな」

 美羽は毛布を胸に引き寄せ、小さく頷く。

「……はい」

 窓の外は、いつもと同じ朝。
 でも、部屋の中だけが、少しだけ違っていた。

 ここは、もう「一時的な避難場所」じゃない。

 静かで、あたたかくて、自分が居てもいい場所。

 美羽は、ゆっくりと息を吐いた。

(始まりは……事故、だったはずなのに)

 気づけば、ちゃんと「居場所」になっていた。

 朝の光の中で、その事実だけが、静かに残っていた。
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