これはもはや事故です!
 磯崎は、何も言わずに、美羽の髪を、指先でゆっくり撫でた。
 その大きな手に安心して、美羽は瞼を閉じる。

「……頑張ったな」

 ぽつりと落とされた言葉。

 それだけで、胸の奥が、じんと熱くなる。
 昼間、張り詰めていたものが、音もなく、ほどけていく。

「……ありがとう」

 小さな声。

「何が」

「ここに、帰ってきてよかったって思えたから」

 一瞬、美羽を撫でる磯崎の手が止まった。
 それから、ほんの少しだけ力がこもる。

「それなら、よかった」

 美羽は、磯崎の服を指先でつまむ。
 離れないことを確かめるみたいに。

「私……上手く気持ちを言えなくて……」

「無理に話させるつもりはない」

 低い声が、頭上から落ちてくる。

「話したくなったら、話せばいい。ちゃんと聞くから」

 磯崎の優しさに美羽の心が解れていく。

「……はい」


 美羽は、目を閉じて思う。

(……大丈夫)

 頑張ったことを、ちゃんと分かってもらえた。
 何も説明しなくても、ここにいていいって、思えた。
 それだけで、今日は、もう十分だった。
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