これはもはや事故です!
 しばらく、そのまま過ごしていた。
 重なる呼吸と体温だけが、確かにそこにある。

 やがて、磯崎が小さく息を吐いた。

「……美羽」

 美羽は、胸元から顔を上げる。

「はい」

 視線が絡む。
 その距離がいつもより近くて、磯崎の瞳の中に美羽が映っている。

「お前が、ちゃんと前を向いて歩いてるのを見てて思った」

 一度、言葉を探すように間を置く。

「守ってやらなきゃ、支えてやらなきゃ、そういうのじゃ、なかった」

 美羽は、黙って聞いていた。

「一緒に、歩けるな、って」

 短く、でも迷いのない声。

 磯崎は、美羽の手を取った。

 指を絡めるわけでもなく、ただ、包むように。

「俺は、忙しいし、完璧な人間でもない」

 少しだけ、苦笑する。

「でも、帰る場所があって、話せる相手がいて、並んで眠れる夜があるなら、それでいいと思った」

 美羽の胸が、静かに高鳴る。

「だから」
 磯崎は、深く息を吸ってから、はっきりと言った。

「俺と、結婚してくれ」

 問いかけというより、決めてきた言葉だった。

 一瞬、世界が静まる。

 でも、不思議と、迷いはなかった。

 美羽は、小さく息を吐いてから、微笑む。

「……はい」

 即答だった。

 磯崎の目が、わずかに揺れる。

「早いな」

「だって」

 美羽は、少し照れたように言う。

「もう、ここが私の帰る場所だから」

 一瞬の沈黙のあと、磯崎は、美羽をそっと抱き寄せた。

 強くはない。
 でも、離す気のない腕。

 そして、磯崎は小さな箱を取り出した。

「……これなら美羽に似合うと思って」

 蓋を開けると、美しく光る指輪。

「一緒に生きる約束だから」

 そう言って、
 美羽の左手を取り、ゆっくりと指輪を通す。

 指先に伝わる温度に、
 胸がいっぱいになる。

「これからも、無理はするな」

 耳元で、低く囁く。

「はい、無理はしません……。たぶん」

「”たぶん”は禁止な」

 美羽はクスッと笑い、顔を上げた。
 そして、磯崎を真剣な瞳で、まっすぐ見つめる。

「一緒なら、頑張れます」

 次の瞬間、
 磯崎は、そっと美羽の頬に手を添えた。

 唇が優しく重なる。
 それは、温かくて、心がとろけような感覚に、美羽の胸が熱くなる。

 だんだんと、口づけが深くなる。
 まるで、絡めとられるように……。

 お互いの体温を確かめ合うような、
 それでいて、はっきりとした口づけ。

 唇が離れると、
 磯崎は、ほんの少しだけ笑った。

「そうか。よろしくな」

 もう一度、近づいて囁く。

「……俺の奥さん」

 スタンドライトの柔らかな光が、
 二人の影を、静かに重ねて映している。

 特別な日じゃない。
 でも、これから先の人生を、
 一緒に歩くと決めた夜だった。


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