これはもはや事故です!
 ふたりの間に沈黙が落ちる。
 カチコチと時計の音が聞こえて、なんだか息苦しく感じられた。
 美羽は、逃れるように視線を落とす。
 すると、低く、押し殺した声がする。

「……帰る、のか」

 顔を上げられない。
 でも、磯崎が書類を閉じる気配だけが、いやに大きく感じる。

「はい……。たくさん迷惑お掛けしました……」

 本当は帰りたくない。
 本当は、もっとここにいたい。
 でも、そんな気持ちを持つなんて、図々しい。
 美羽は気持ちを封じ込めるように唇をキュッと噛んだ。

「……迷惑、なんて思ったことは一度もない」

 その一言が、胸に刺さる。
 でも美羽は、必死で平気な振りをした。

「いえ……。顔見知り程度の私に、磯崎さんは良くしてくださいました。本来なら、こんなにしてもらう理由ないのに……」

 言いながら、自分で自分の心を削っていくみたいだった。

 再び、沈黙が落ち、時計の音がカチコチと耳につく。 
 その音が、胸を締め付ける。
 それを破ったのは、磯崎だった。

「……理由なら、ある」

「……え?」

 思わず顔を上げると、磯崎は少しだけ目を伏せていた。
 言葉を選ぶような、慎重な表情。

(……なんでそんな顔するの……?)
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